よく物事を考えるときに、「これはバランスがとれているだろうか?」とまず考える。
例えば、恋愛とかでも、あまりにも一方が好きすぎるとバランスが崩れ、最終的には崩壊してしまうことがある。
ほどよく好きな状態が継続の鍵だが、そんなにうまく感情をコントロールできるわけないし、そんなにスムーズだと面白味がないと思う人もいるだろう。
また、付き合う人はなぜかいつも怖い人や自分に辛くあたる人とかいうのも聞いたことがある。
本人はそういう付き合いは「疲れて仕方がない」と不満を口にするが、なぜか毎回そういう人に魅かれる。
それは、その人は表面上では嫌な相手と感じているのだが、本人が意識しないもっと深い気持ちの部分では、実はその嫌な人のことが好きであったりするんじゃないかと思う。
でないと、そう毎回同じような人と付き合うわけがない。
表面上では不幸でも、心のどこかで幸福を感じているかもしれない。
なんだかんだ言っても離れられないというのは、そういうことなんじゃないか。
実は、こんな話題を書くつもりじゃなかったのに書いてしまった。
なんでだろか(笑)
あ、そうかバランスだった。
バランスよく生活することが、楽しく充実した時間をおくることができるポイントだと思う。
■さらに、普段の生活から“原始的であたり前のこと”を意識したいと思ったのだ。
昨日アーノンクール指揮するウィーン・フィルによるモーツァルト交響曲第41番『ジュピター』をようやく観た。
こんなにロマンチックとかけ離れた演奏も珍しいなーと思っていたが、音楽の真髄に近づこうと切磋琢磨しているようで、これはすごく立派なことだと感じた。
出だしのトゥティの音!なんともえいない響きで一気に釘付けになった。
この『ジュピター』は、余計な装飾品は取りはずし、シンプルであたりまえのモーツァルトがそこにあった。
■この“あたり前のこと”が気になった。
現代人は実にさまざまな装飾品に飾られた生活を送っている。
そのせいもあって、あたり前のことの関心が薄まったり、失われていったりしている。
そもそも人間は地球上で暮す生きものの単なる一種類だ。
地球上に何万種類もいる“種”の単なる一種類という、それ以上の存在でもないし、それ以下でもない。
まず、そこを意識したいと思った。
それというのも、どうも生き物という観点から見たときに、僕もそうだが現代人はそれとかけ離れた生活を送っていたり、それを求めていっているようなのだ。
むろん、人は理性をもっているし、自己を認識するアイデンティティという観点からみると他の生き物とは違うものを持っている。
でも、しょせん人間なんてそんな偉大な生き物ではない。
「謙虚にならなければ」というより、己の実態をちゃんと知って意識するだけでいい。
どんな人も自然を見ると心が和むし、昔ながらの調理法でつくった食べ物は美味しいと感じる。
バランスとあたり前の認識というか、そういう観点が自分には必要なことだ。
例えば、恋愛とかでも、あまりにも一方が好きすぎるとバランスが崩れ、最終的には崩壊してしまうことがある。
ほどよく好きな状態が継続の鍵だが、そんなにうまく感情をコントロールできるわけないし、そんなにスムーズだと面白味がないと思う人もいるだろう。
また、付き合う人はなぜかいつも怖い人や自分に辛くあたる人とかいうのも聞いたことがある。
本人はそういう付き合いは「疲れて仕方がない」と不満を口にするが、なぜか毎回そういう人に魅かれる。
それは、その人は表面上では嫌な相手と感じているのだが、本人が意識しないもっと深い気持ちの部分では、実はその嫌な人のことが好きであったりするんじゃないかと思う。
でないと、そう毎回同じような人と付き合うわけがない。
表面上では不幸でも、心のどこかで幸福を感じているかもしれない。
なんだかんだ言っても離れられないというのは、そういうことなんじゃないか。
実は、こんな話題を書くつもりじゃなかったのに書いてしまった。
なんでだろか(笑)
あ、そうかバランスだった。
バランスよく生活することが、楽しく充実した時間をおくることができるポイントだと思う。
■さらに、普段の生活から“原始的であたり前のこと”を意識したいと思ったのだ。
昨日アーノンクール指揮するウィーン・フィルによるモーツァルト交響曲第41番『ジュピター』をようやく観た。
こんなにロマンチックとかけ離れた演奏も珍しいなーと思っていたが、音楽の真髄に近づこうと切磋琢磨しているようで、これはすごく立派なことだと感じた。
出だしのトゥティの音!なんともえいない響きで一気に釘付けになった。
この『ジュピター』は、余計な装飾品は取りはずし、シンプルであたりまえのモーツァルトがそこにあった。
■この“あたり前のこと”が気になった。
現代人は実にさまざまな装飾品に飾られた生活を送っている。
そのせいもあって、あたり前のことの関心が薄まったり、失われていったりしている。
そもそも人間は地球上で暮す生きものの単なる一種類だ。
地球上に何万種類もいる“種”の単なる一種類という、それ以上の存在でもないし、それ以下でもない。
まず、そこを意識したいと思った。
それというのも、どうも生き物という観点から見たときに、僕もそうだが現代人はそれとかけ離れた生活を送っていたり、それを求めていっているようなのだ。
むろん、人は理性をもっているし、自己を認識するアイデンティティという観点からみると他の生き物とは違うものを持っている。
でも、しょせん人間なんてそんな偉大な生き物ではない。
「謙虚にならなければ」というより、己の実態をちゃんと知って意識するだけでいい。
どんな人も自然を見ると心が和むし、昔ながらの調理法でつくった食べ物は美味しいと感じる。
バランスとあたり前の認識というか、そういう観点が自分には必要なことだ。