
楽譜だけをたよりに、余計な解釈を加えられてしまった楽曲の化粧を落として演奏する。
今朝もシューベルトのピアノソナタ20番を聴いた。
第2楽章の悲しみをつぶやくような響き。
「化粧を落とす」というのがよく伝わる。
シューベルトの魂だけを見つめているような、素朴でさやしく、また、寂しい表現だ。
■内田光子さんは「お化粧はきらい」とも言っている。
これは演奏以外のことも含まれる。
だから自信お化粧をしていないようだ。
すっぴんで生活し、演奏会でももちろんすっぴんだろう。
芸術家は生き方そのものが作品に直接反映することを知っている。
これがちぐはぐだと、一貫性がないばかりか作品が真実から遠ざかる。
一般に女性はお化粧をする。
お化粧って、改めて考えるとなぜするのだろう?
一番の理由は周りの女性がしているからだろうか。
その次に考えられるのは、「出来るだけ美しく魅せたい」か?
誰に?
同性に、異性に?
お化粧は実は僕はあまり好きではない。
最小限でいいと思っている。
香水とかも同じ。
■近頃は男性でもお化粧をし、香水をつける人がいる。
男の香水はもっと嫌だ。