■この台詞はマンガ「うる星やつら」で諸星あたるがクラスの女子が休み時間になるとみんなでトイレに行くのを見てつぶやいたもの。
これを読んだのが小学校高学年か中学校だったと思う。
なぜか忘れずにいる1コマなのだ。

■昨日読み終わった「古道具中野商店」川上弘美(著)でも似たような台詞がでてきた。
女性主人公は今まで働いていた古道具屋が改装のため一時『解散』となった後、派遣社員として、中規模の会社に働くこととなる。
ほどなく、正社員や他の派遣さんと仲良くなり、一緒に昼飯に行くようになった。
ここで・・
「でも、こういうの(多数で昼飯)は疲れる・・」や「みんな全開で生きていない。」ともらす。
それまで働いていた中野商店の従業員はかなり風変りな連中であった。
しかし、全開で人生を生きていた。
全開というより「何を出し惜しみすることがあろうか。」という感じ。
現代の生き方の傾向なんか、まるで関係なく自分の思ったままを生きていたのだ。
そういうところから中途半端な社会へ出ることとなったから、どこか寂しい心境になったのだろう。

■「生まれ変わったら男と女、どっちがいい?」
などと飲み会の席で訊くときがある。
僕は決まって「男」と答える(だいたい今と同じ性を答える人が多い、それぞれ良い部分を知っているからだろう)
男の方が良い1番の理由はまさに『群れなくても良い』から。
さきの諸星あたるの台詞を聞く以前から、『何でも一緒にいないと許されない』みたいな空気を感じていたから。
あれがさも大変そうだと思うし、何であんなに気の進まないことに固執するのか分からなかった。
その点、男は周りに構わないし、みんなでいる場面でも”1人になる”ことができる。
習性といってはそれまでだろう。
この習性ってヤツは本人でも分からない場合が多いのではないだろうか。

■男にも分けの分からない習性が多い。
先日、偶然にも盗撮現場を目撃してしまったのだ。
先週の金曜日に麻布十番の駅のエスカレーターで。
時間は午後2時をまわったころなので、人通りは少ない。
僕は下に向かっていた。
すると下から上がってくる女性が目に付いた。
そして、すぐ後ろに40代半ばくらいのオッサンがいた。
不信に思ったのはその間隔。
誰もいないエスカレーターなのに、女性のすぐ後ろに居たからだ。
なんであんなにくっついているだろう・・と思った。
すれ違いざま、女性が自分のバックをがさごそと何かを探し始める。
その直後、ふと、振り向いた。
すると、オッサンが携帯で盗撮していたのだ。
その女性は涼しい季節にも関わらずミニスカートだった。
シャッター音がしなかった。改造されているのだろう。
あまりにびっくりしたのもあって、しばらく事態が分からなかったが、あとで、何か行動を起こすべきだったと後悔の気持ちがわいてきた。
おそらく、あの男は常習だろう。
ああいう行為は、捻じ曲がった男の習慣だ。

■報道で下着泥棒が1000枚の盗みをはたらいた。というのと同じ。
犯罪と分かっていてもやめられない。
スリルとか達成感を追い求めてしまう。
下着への興味というだけではなく、ゲームの方向に重きが置かれてしまう。
ゲーム、権力闘争、男の習性の1部だろう。