■最近、夜、家にいるときはケータイの電源を切っている。
夜はめったにメールなどの連絡は来ないが、それでも「誰かから来てるかな?」なんて、たまにケータイを除いてしまう。
意識のどこかに常に“ケータイによる連絡”があるのだ。
これにはなんとなく束縛感を感じていた。
ケータイなんかに振り回されているというか・・なんというか。
家ではリラックスするのを優先しているので、ケータイの電源を切ることにした。
すると・・
開放感がやってきた。
余計な疲労をしなくてもいい。
■ケータイが出初めたころは「これは自分には必要ないな・・」と思っていたが。
一度仕事をきっかけに持ってしまうと、その優れた機能の面だけをみるようにして、持ち続けてしまう。
便利なモノを持つことは、その反面にリスクというか何か大切なモノが失われるのだろう。と信じている。
駅に設置される続けるエスカレーターは人から体力を奪う、とかね。
でも、物事の考え方や捉え方はとても多様だ。
1つの物事から肯定も否定もできる。
要はその人がどう考える人なのかで決まってくる。
■映画を観ても否定的に観てしまえば、そういう作品にしか映らない。
どんな映画でも、良いところは必ずある。
ストーリー的な所ではなく外国人の物事に対する考え方とか、美しい風景だな、とか何でもいい。
だって監督は「これが最高だ!」と思って作っているはずなんだから。
物事を肯定的にみて考えることが良いんだろう。

■昨日の晩はバッハの『マタイ受難曲』第27曲目を10回以上聴いた。
小澤さんサイトウ・キネンの演奏が本当に素晴らしい!!
イエスが連れられていくシーンで、それを哀れむようなソプラノとアルトの独唱の美しいこと。ときおり民衆が「やめろ!離せ!縛るな!」と絶叫する。その後、嵐がやってくる場面の音楽の輝かしさ!軽快なテンポで大自然の圧倒的なパワーを表現している。ダイナミックであるが透明な音楽がどんどん展開する。オルガンと一緒に歌うバスの合唱も面白い。
バッハはどんでもない作曲家だ。マタイにどんどんはまっていく。