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■絵画は美術館、映画は映画館、ベートーヴェンの交響曲はサントリーホールで(?)。
というように“生”でそれらの芸術に触れないと、真の部分を正しくは理解できないし、発信者の意図は伝わらない。
CDでは、実際のコンサートの半分も情報として入らない(30%位かな?)し、真の音楽体験はできない。
生演奏とCDではまったくといっていいほど別の媒体だと思う(と言ってもフルトヴェングラーを知る手段としてはCD等しかないので、CDもある程度いい媒体だろう)。
お金と時間をかけてもコンサートホールに足を運ぶことは非常に大事だ。
思えば、この“時間とお金をかける”ことが良いのかもしれない。
これが“ただ”だったら感動も少し薄れてしまうかも。
“身銭を切る”ということはそれだけ思い入れも入る。
(考えによってはこれは余計な思い入れになるかもしれないが・・)
本でも、お酒でも、自分でお金を払うということが良いんだ。
遠いコンサートホールに向かう道すがらいろんなことを考えたり、帰りの電車の中で改めて思い返してみたり・・
映画では、本編がはじまる前のCMを眺めているときの感覚。
そのCM中に、まわりのお客さんがヒソヒソと楽しそうにしゃべっている声が聞こえたり(本編では話さないでくれよ、と思うが)。
なんだか、その過程も、映画やコンサートを楽しむことの1つかもしれない。

■指揮者セルジウ・チェリビダッケは演奏会での一期一会的な体験こそ音楽体験だということで録音を一切認めなかった(今ではCDを発売しているが・・)。
演奏中におこる奏者のミスも演奏の重要な一部分。そのミスからもそれ以降の演奏になんらかの影響を与えるから、ミスを削ってはいけない、という具合だ(こう考えると観客の咳も無意味ではない?)。
奏者と観客、約2,100人がみなそれぞれ影響しあっているホールでの出来事。
一瞬一瞬生まれては消えていく音。
しかし、聴く者に確実に影響を与え続けていく。
二度と同じ演奏なんかはあり得ない。
それでいい。

■明日から国立西洋美術館で『ベルギー王立美術館展』が開催される。
最近絵画を観ることが楽しい。
前回と同じく比較的空いている時期の早朝を狙って行こうと思う。
今日まで前売券(1,400円が1,200円に)がコンビニ等で発売になっている。帰りに買って帰ろうっと。