■入手しました!
場所はミューザ川崎。曲はモーツァルト交響曲39番とベートーヴェンの交響曲第7番。
このホールの音響はサイモン・ラトルが絶賛し、居合わせた音響技術者にベルリンのフィルハーモニーの音響(の面倒)もみて欲しいと言ったという逸話つきのものだ(冗談とも思えない)。
そういうことで、ミューザ川崎は行ってみたいホールだったし、アーノンクールだし、ウィーン・フィルだし、ベートーヴェンだし、モーツァルトだし・・今からかなり楽しみです!
■来年はサントリーホールの改修工事があるのでほぼ毎年来日していたウィーン・フィルは来年は来ない。
しかも、今回の指揮者はニコラウス・アーノンクール。彼の指揮を体験できるのは非常にエキサイティングなことだ。
彼はピリオド(古典)奏法を基本とした意思の強い音楽を聴かせる。
先日、早速ヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したベートーヴェンの第7番を聴いた。
実に男らしい演奏だ。ティンパニとトランペットが奏でる“強調”がことさら際立っている。
これがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とどういう演奏を繰り広げるのか。
もう一方のモーツァルト。モーツァルトの数ある交響曲でも39番は35番“ハフナー”と同じく最もすきな曲だ。
これもかなり期待している。近いうちスコアを買おう。
■ということで、11月はアーノンクールとマリス・ヤンソンスを聴く。
首都圏に住んでいて良いところはまさにここだ。
すぐ近くまでウィーン・フィルやベルリン・フィル、コンセルトヘボウ、マリンスキイなど世界トップオーケストラや指揮者が頻繁にやってくるのだ。
■話は少し変わるが、『自分の葬式の時に流したい音楽は?』ということをHHKでやっていた。
番組に出演していた医師の日野原重明さんは「フォーレのレクイエム」だと言っていた。
他の出演者のなかにはモーツァルトのレクイエムという発言もあった。
僕は、ベートーヴェン交響曲第7番の第2楽章“アレグレット”であった。
先のアーノンクールやバーンスタインの演奏で改めてこの楽章を聴くと、なんともカッコイイのだ。カッコ良すぎて自分には合わないかもしれない、なんて思った。
この楽章の冒頭。管楽器のff→p。ここではフルートが抜けている。ベートーヴェンはあえてフルートに吹かせなかった。なぜだろう?僕が思うにきっと陰影をつけたかったのかもしれない。フルートはどちらかといえば明るい音をだす。だから外して雰囲気を出したかったのだ。
そして低弦から始まるあの引きずるようなテンポで進む葬送行進曲風のリズム。
その葬送のイメージはやがて訪れるクライマックスでは薄れてくる。
それに変わって現れるのが英雄的な壮大な音楽。しかもどこかですすり泣いている。
ここで聴き手の感情も凄いことになっている(笑)
「やっぱりベートーヴェンはとんでもないや・・」つくづく想った。
場所はミューザ川崎。曲はモーツァルト交響曲39番とベートーヴェンの交響曲第7番。
このホールの音響はサイモン・ラトルが絶賛し、居合わせた音響技術者にベルリンのフィルハーモニーの音響(の面倒)もみて欲しいと言ったという逸話つきのものだ(冗談とも思えない)。
そういうことで、ミューザ川崎は行ってみたいホールだったし、アーノンクールだし、ウィーン・フィルだし、ベートーヴェンだし、モーツァルトだし・・今からかなり楽しみです!
■来年はサントリーホールの改修工事があるのでほぼ毎年来日していたウィーン・フィルは来年は来ない。
しかも、今回の指揮者はニコラウス・アーノンクール。彼の指揮を体験できるのは非常にエキサイティングなことだ。
彼はピリオド(古典)奏法を基本とした意思の強い音楽を聴かせる。
先日、早速ヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したベートーヴェンの第7番を聴いた。
実に男らしい演奏だ。ティンパニとトランペットが奏でる“強調”がことさら際立っている。
これがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とどういう演奏を繰り広げるのか。
もう一方のモーツァルト。モーツァルトの数ある交響曲でも39番は35番“ハフナー”と同じく最もすきな曲だ。
これもかなり期待している。近いうちスコアを買おう。
■ということで、11月はアーノンクールとマリス・ヤンソンスを聴く。
首都圏に住んでいて良いところはまさにここだ。
すぐ近くまでウィーン・フィルやベルリン・フィル、コンセルトヘボウ、マリンスキイなど世界トップオーケストラや指揮者が頻繁にやってくるのだ。
■話は少し変わるが、『自分の葬式の時に流したい音楽は?』ということをHHKでやっていた。
番組に出演していた医師の日野原重明さんは「フォーレのレクイエム」だと言っていた。
他の出演者のなかにはモーツァルトのレクイエムという発言もあった。
僕は、ベートーヴェン交響曲第7番の第2楽章“アレグレット”であった。
先のアーノンクールやバーンスタインの演奏で改めてこの楽章を聴くと、なんともカッコイイのだ。カッコ良すぎて自分には合わないかもしれない、なんて思った。
この楽章の冒頭。管楽器のff→p。ここではフルートが抜けている。ベートーヴェンはあえてフルートに吹かせなかった。なぜだろう?僕が思うにきっと陰影をつけたかったのかもしれない。フルートはどちらかといえば明るい音をだす。だから外して雰囲気を出したかったのだ。
そして低弦から始まるあの引きずるようなテンポで進む葬送行進曲風のリズム。
その葬送のイメージはやがて訪れるクライマックスでは薄れてくる。
それに変わって現れるのが英雄的な壮大な音楽。しかもどこかですすり泣いている。
ここで聴き手の感情も凄いことになっている(笑)
「やっぱりベートーヴェンはとんでもないや・・」つくづく想った。