■土曜日は久しぶりに子供たちプラネタリウムへ行った。
長女はそこで星座に興味が出たらしく、星に関する本が読みたいという。
そこで昨日は近所の図書館へ行った。
長女は七夕と月に関する本を2冊借りた。
そして、家に帰ってきて熱心に読んでいた。あるページは一緒に読んだりした。こういう本は大人にとっても大変勉強になることが多い(木星はガスで構成されている惑星で模様のように見える“目”は300年も続く巨大な台風(!)だという。恐ろしい)。
僕は、またまたよしもとばななさんの本『王国』とドナルド・キーン氏が書いた『私の大事な場所』というエッセイ集(これも非常に楽しみ)。
■娘がせっかく星に興味が湧いてきたようなので、持っているCDからグスタフ・ホルストの「惑星」(アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィル)をプレゼントした。おおはしゃぎはしていないが、すごく喜んでいるようすだ。こういうところから音楽が好きなると娘の人生も豊かなものになるのだが。
■やはり音楽にはその人の人生を豊かにする作用があると思う。好きな音楽を聴いているときは幸せな気持ちになったり、悲しい気持ちになったりと、感情が率直にうごく。この感情の動きは日常生活で動く感情とは違うようだ。先日も車を運転しながらシューマンの交響曲第4番(バーンスタイン指揮ウィーン・フィル)を聴いていた。その第2楽章は悲しげな情緒がたっぷりと詰め込まれた音楽。バーンスタインはそこを強調して演奏する。このとき、本当に心が悲しい気持ちになっていたのが解かった。でも、その悲しさは日常の悲しさやTVの悲惨なニュースから受ける悲しさではない。なにか、次元の違う感情というか、実態のない気持ちだけの悲しさといったようなもの。そしてそれは心地のいいものでもある。『心地のいい悲しさ』って何だと思うけど、そういう感情なのだ。
スメタナ作曲「わが祖国」の第一曲目の「ヴィシェフラド(高い城)」はいつ聴いても喜びが爆発する(笑)。本当に嬉しさでいっぱいになる。チェコ民族の圧政からの解放。自分がいまその歴史に立ち会っているかのように。
■図書館という場所はまさに宝の宝庫だ。素晴らしい知識がひしめき合っていて、どれから読んでいいのか迷って困ってしまう。
自分がまさかこんなに本が好きになるとは思わなかった。
「世の中の真実を知りたい。」「世の中を正しく見極められる目をもちたい。」
これは僕が子供のころから抱いている希望だ。
この考えがあるから、今の本好きやクラシック音楽好きもわかるような気がする。
しかしいま、どれくらい「世の中の真実」を知って、「正しい目」が持てているだろうか?
それはこれから、まだまだだ。