■これは昨日のNHK AMラジオ午後5時から放送した番組のテーマです。今週は「10代からの問いに答えられますか?」という特集で、今回は「人はなぜ死んで(自殺)はいけないのか?」という非常に重いが、誰もが避けて通れない重要なテーマ。いろんな聴視者からメールなども多く興味をもって聴いた。
■そこで印象に残ったことや想ったことについて述べていこう。
はじめにこのテーマを聞いたとき、『死んではいけない』からスタートするのは無理があるのではないかと思った。『死んでも(自殺)いい。死ぬのも選択肢として認める』という観点から考えるのが自然ではないだろうか、と思ったからです。(しかしこれは実際に身内の人や親しい友人を自殺で亡くされた人にとっては酷な捉えかたで、断じて認められない考え方だ)
自ら己の命を絶とうとする行為は、人間の特徴の大きな1つでもある。他の生物はそういう選択をしない。(自殺するという考えに至らないのかもしれない。いや、実は知ってはいるが辞めているのかも)死期が来るまでただひたすらに生きる!どんな境遇に遭おうとも命ある限り生きる!その姿勢には何かとてつもなく崇高な精神を感じる。
この番組では「ただ命があるだけで良い。今ある命は何億年もの命のバトンを受け継いできた結果。生きでいる。それだけで奇跡的なことで素晴らしいことなんだ。何かをやらなくちゃならないなんてことはない。ただ生きているだけで良いんです。またそういうことを認める社会の体制があるといいのに・・」
人はなぜ死んではいけないのか?こういうテーマに対する正解はない。各人がどう捕らえるかで違う。大事なことは真剣に考えるという姿勢でもある。
■「今の社会には”すき間”が少ない。非行を肯定するわけではないが、悪い事でもしなければ生きていけないほどパンパンな精神状態だったならば、多少は目をつぶることも大事ではないか?」
なんでもすぐに悪いと言って叱ることは、その子供にとっては逃げ場がなく、安心して信頼できる親の存在がなくなるということ。これも難しい問題。
ただ、確かに今の社会は窮屈だ。
今月から開始された民間業者による駐車違反取締りに関しても、駐車違反がなくなり交通渋滞が緩和されて良かったという”正”の面と、運送会社が業務に支障をきたしているという”負”の面がある。
さらに一般には報道されないことで、こういう罰則が設けられた新しい施策は、それだけ社会を堅苦しくしているという大きな”負”があると僕は思う。
以前はタバコの路上喫煙に関しても罰則の施策。路上でタバコを吸っている人=悪い人。という見方をしてしまう。みんなが監視の目をもつようになってしまった。
新しい法律や施策をつくるときは、目に見える効果以外の影響をよく考えるべきだ。
今の日本はそういう観点で物事を決めていない。