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■昨日は上野で開催しているプラド美術館展に行ってきた。
ゆっくりと鑑賞したいから朝9:00の開館と同時に入れるよう出勤時と同じ時間に家をでた。
やはり朝は空いていた。美術館は朝イチに限る。それでも帰る頃の10:30は大勢の人が来ていて、その時間ではゆっくり観られる状態ではなかった。
■さて、このプラドはかなり良かった。
今まではそんなに頻繁に美術館には通わないので、たまに行くと“絵そのもの”がなんだか分からないと感じて、面白味が分からなかったのだ(MOMA展で初めて何かが分かったようなものだ)。
でも、このプラドは満足した。というより凄かった。
ボデゴン(ボディコンみたいだがスペイン語で静止画の意味)の果物のみずみずしさ!あの雰囲気・色は人間業とは思えない。
また人物画が素晴らしいのだ。
ゴヤが描いた「カルロス4世」の表情。晩年は幽閉生活を余技されるなど、決して華々しい人生ではなかった40歳の男の暗さを含んだなんともいえない表情。まるで僕に訴えかけてくるようだ。その他ロシアのポチョムキン大使を大きなキャンバスで描いたものも重厚で威厳がある!この絵の前に1人で立つことが恐れ多いような心境にならされるのだ。その鋭い眼光の深さが凄い。まるで生きているかのようだった。実際、画家はポチョムキン大使を目の前にして描いた。その本物の絵(キャンバス・絵の具)がここにある。いま自分がポチョムキン大使と直に接していることに近い状態(表現が難しい)。
そう考えると大きな感動が感じられた。
全般的に光と影の扱いが素晴らしい。どの画家も光にはかなり敏感だし、最大の関心を寄せている。力の入れようが違う。現代の映像作家は光に対してそれほど貪欲ではないと言わざるを得ない。
ブリューゲルの村人の結婚式を描いたものは、彼ならではの暖かい目線を感じた。村人の中にすっぽりと入った姿勢。どこを見ても祝祭ムードに溢れていた。
■展示された絵が描かれた時代は1500年前後。今よりも500年ほど前だ。このときの地球・生活環境はいまとまったく違う。道路はアスファルト舗装などされていない。また、大型重機もないので、家を建てるときは、ちょこっと木を伐採して草を抜く程度(実際は違うかもしれない)。自然と完全に共存している。景色は自然がそのまま勢いを保ち、人間はその大きな自然の一部を借りて生活しているようだ。自然に対して謙虚な気持ちだった。そういうことは絵によく現れている。当時を考えれば当然なのだがそのことは驚いた。人類が誕生して750万年とも言われている(たぶん)。その間、自然との関係はさほど変化してこなかった。変化のしようがなかった。しかし、ここ百数十年で自然と人間の関係は大変革した。変化の例を挙げればきりがない。美術館の帰り道は名画に感動しながらも、またしても人間に行いについて考えさせられる結果となった。
■帰りにうまーいラーメン屋でたらふく食って、秋葉でCDを買った。グルダのベートーヴェン ピアノソナタ・協奏曲全集。やっと買いました。