■ベートーヴェンの弦楽四重奏第14番(変ハ単調)をアルバン・ベルク四重奏団(LIVE CD)で聴く。
とても柔軟性にとんだ燃焼度の高い演奏であり、ベートーヴェンにかける彼らの意気込みの強さを感じとれた。まったく素晴らしい演奏なのだが、録音がいまいちであった。全体的に軽くて乾いた感じがしてどこかチクチクした違和感があるのだ。
まあ録音はさておき、この終楽章の337~346小節。第2ヴァイオリンとヴィオラはひたすら8分音符を音程をあまり変化させずに弾く。各小節の冒頭にはsf(スフォルツァンド、特に強く)の指示が付く。なにか巨大なクマバチが大群で飛び回っているイメージを彷彿させる音である。
ベートーヴェンの楽曲にはよくこういうのが登場する。交響曲第7番の終楽章の最後でもそうだ(ここではチェロとコントラバスが長い間ブンブンと鳴らしており、やたら気になる)。
これは実に独特な音楽だと思っていた。僕にとってベートーヴェンの1つのイメージにもなっている。メインの旋律の影に隠れており、表立って聴こえてくる部分ではないのだが、やたらと存在感がでかい。
僕が思うに、これはベートーヴェンの心境のなかでも、もやもやしたもどかしさをぶつけているのではないかと感がえる。
自分の情熱をどうしても果たすことのできない苛立たしさ。あきらめるという選択を決してできない性格であるがゆえの己との戦い。しかも壮大なエネルギーをもって戦っている。そういう大きなパワーを感じる。
決して軽くない、現実味を帯びた音楽。それゆえに共感でき納得できるのだ。
ベートーヴェンを聴いたあとの充実感は他の作曲家では味わえない深いものがある。
それはこういった現実的な厳しさを含んでいるからだろう。
彼は戦う。正面から戦う。それは一般的には不器用と映る時も多々あるだろう。
しかし、それだからこのような純粋な音楽が書けたのだろう。
日々厳しくかつ正しく戦っている者の精神は鍛えられ、成長しつづける。
そんな彼は何を求めて人生を歩んだのだろう。そしてそれは果たすことができたのか。
家には『ベートーヴェンの手紙(岩波書店)』がある。
今度その視点でまた読んでみよう。
とても柔軟性にとんだ燃焼度の高い演奏であり、ベートーヴェンにかける彼らの意気込みの強さを感じとれた。まったく素晴らしい演奏なのだが、録音がいまいちであった。全体的に軽くて乾いた感じがしてどこかチクチクした違和感があるのだ。
まあ録音はさておき、この終楽章の337~346小節。第2ヴァイオリンとヴィオラはひたすら8分音符を音程をあまり変化させずに弾く。各小節の冒頭にはsf(スフォルツァンド、特に強く)の指示が付く。なにか巨大なクマバチが大群で飛び回っているイメージを彷彿させる音である。
ベートーヴェンの楽曲にはよくこういうのが登場する。交響曲第7番の終楽章の最後でもそうだ(ここではチェロとコントラバスが長い間ブンブンと鳴らしており、やたら気になる)。
これは実に独特な音楽だと思っていた。僕にとってベートーヴェンの1つのイメージにもなっている。メインの旋律の影に隠れており、表立って聴こえてくる部分ではないのだが、やたらと存在感がでかい。
僕が思うに、これはベートーヴェンの心境のなかでも、もやもやしたもどかしさをぶつけているのではないかと感がえる。
自分の情熱をどうしても果たすことのできない苛立たしさ。あきらめるという選択を決してできない性格であるがゆえの己との戦い。しかも壮大なエネルギーをもって戦っている。そういう大きなパワーを感じる。
決して軽くない、現実味を帯びた音楽。それゆえに共感でき納得できるのだ。
ベートーヴェンを聴いたあとの充実感は他の作曲家では味わえない深いものがある。
それはこういった現実的な厳しさを含んでいるからだろう。
彼は戦う。正面から戦う。それは一般的には不器用と映る時も多々あるだろう。
しかし、それだからこのような純粋な音楽が書けたのだろう。
日々厳しくかつ正しく戦っている者の精神は鍛えられ、成長しつづける。
そんな彼は何を求めて人生を歩んだのだろう。そしてそれは果たすことができたのか。
家には『ベートーヴェンの手紙(岩波書店)』がある。
今度その視点でまた読んでみよう。