先日、小澤征爾さんが中国で行った『小澤征爾音楽塾プロジェクト2005』のドキュメンタリーを見た。
これは昨年秋に中国で約1ヶ月弱にわたって行われたもので、彼の奮闘ぶりが映し出されていた。
中国で生まれた小澤さんは、何年も前から中国で公演を行ってきた。強い繋がりを心に持っており、今回は教育ということでこのプロジェクトを行ったというのだ。
それにしても、小澤さんのがんばりようはただ事ではない。
僕も実際の練習現場に接したり、TVでのドキュメントを通じて彼の音楽に対する並々ならぬ意気込みと努力はある程度は知っている。
しかし、今回ほど苦労を強いられたということはなかった。
中国の1人っ子政策と急激な経済発展による物質的な豊かさが相まって、プロジェクトに参加した中国人学生は協調性がうすい。
小澤さんも「この連中のぬるさは何だろう・・」と中国の若い人の性質に戸惑う場面もあった。
それでも今回もあきらめなかった。
小澤さんと中国の強い絆が踏みとどまらせたのかもしれない。
70歳を超えてのあのエネルギーは本当に感服する。
その源は彼の生真面目な性格もあろうが、音楽に対する姿勢の深さだと思う。
今回選んだ曲はベートーヴェンの交響曲第7番。
小澤さんが再三とりあげる曲だ。
何でもこの第7はベートーヴェンのなかでも“繰り返し”が多い曲だという。
「この繰り返しこそがベートーヴェン!」と小澤さん。
小澤さんのベートーヴェンは実に男らしいのだ。
僕がまだ学生だったころに昭和女子大人見記念講堂に新日本フィルの演奏会を聴きにいった。
小澤さんの指揮でベートーヴェン交響曲第3番。
この時は、この曲をそんなに聴きこんでいなかったし、ベートーヴェン自体にもそれほど思い入れがなかったときだった。
しかし、このときの演奏は忘れられないものになった。
小澤さんの指揮姿は、両足を指揮台にふんばって、オーケストラと、そしてベートーヴェンと格闘しているようだった。
その強靭な指揮から生みだされる音楽は凄まじい。
重い充実しきった音でグイグイとべートーヴェンを実感させられるのだ。
僕は呼吸するのも忘れるくらいに集中して身体全体で聴いた。
たしかこのときも1人で聴きに行ったのだが、帰りの道ではボーっと何かに獲りつかれたように雑踏を歩いていた。
以来、小澤さんのベートーヴェンでは圧倒的な体験を何度もした。
「ベートーヴェンは慌てて弾くときなんてほとんどない。」
これは小澤さんのベートーヴェン感をよく表していてとても興味深い。
いま主流のポイント奏法や、最大限の効果を狙ったエキサイティングな演奏とは違う。
“ベートーヴェンという人間が書いた音楽とは実はどういったものか。”この点にのみ近づくことが目的であるようだ。
中国の学生にとって今回の体験は貴重なものになった。
それは音楽に対する姿勢もそうだが、人間関係の基礎的な勉強になったようだ。