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simon&mariss

■案内された部屋は、いかにも日本的な雰囲気で、狭く薄暗かった。
マリスは、ここは本当に大都会トウキョウなのかと訝しげに思ったほどだ。
6畳間に茶色のテーブルが置いてあって、座布団が4枚に隅に重ねておいてあるだけの部屋。
サイモンは靴を脱いで部屋に上がると座布団を自分とマリスへと敷いた。
「どうだいマリス、サムライでも出てきそうだろう。」
サイモンは子供のような無邪気な笑顔で言った。
ほどなくしてさっきのクマ店長が一升瓶とおちょこ2つを持って現れた。
瓶のラベルには「一級酒 玄界男灘(げんかいなんだな)、一応幻の銘酒」と記されている。
「クマさん、つまみはいつものヤツを頼むわ。」サイモンが言うと、景気の良い声を発してクマ店長は去った。
「ま、乾杯といこう!」
慣れた手つきで蓋を外しおちょこに酒を注いだ。
「マリス、日本酒は飲んだことあるか?」
「いや、始めてだ。」
「始めはクセがあるぞ。」
じゃっ、ということで乾杯した。
マリスは覚悟を決めた飲んだが、想像以上に飲みやすかった。いや、これは美味しかった。
「これは良い。」とマリス。
「だろ。」
「よくこんな店知ってるな、よく来るのか?サイモン」
「ああ、東京公演があるときはほとんど来るよ。誰にも紹介されたんじゃいよ。自分で探したんだ。7年位前かな。サントリーホールでバーミンガムの公演が終わったあと散策したんだ。いつもふらふらとうろつくんだよ(笑)。そのとき、この店の前に飾ってある大きな赤提灯に興味がわいてさ、面白そうな店だから適当に入ってみたんだ。」
「相変わらずだな。君の行動力には恐れ入るよ!」
「ありがとう。僕はどの国に行ってもその暮らしや文化に興味があるんだ。だから、時間をみつけてどんどんその街をうろつく。現地の人とも積極的に触れるんだ。そうすると人間としての視野が広がる。音楽づくりにも影響するし、何よりも楽しいんだ!」サイモンは身振り手振りでしゃべる。
「その積極的な行動力は君の音楽にもよく表れているよ。音楽家の生活そのものが作りだす音楽に反映するからね。」
「そのとうり。」
「僕は指揮者ってどんな立場の人間なのかとふと考えるんだ。サイモンはどう考えるか興味があるが。今の世の中に指揮者が果たす役割というか存在意義というかね。どういうものだろうかと。世の中を正すとかそういう大それたことではない。しかし、何かに貢献してしていきたい。人々に希望を与えたいと切に思う。そうするには、世の中に常に接していないとそこに生きる人々に感動は与えられない。サイモンのように積極的にいろんな人とに関わりをもつことはすごく重要なことだと思うよ。」
聞いているサイモンは少し考え深げな表情になった。
そこへクマ店長がやってきた。
「お待たせ!」
見ると、焼きたての香りが鼻をつくエイヒレ、もつ煮込み、刺身の盛り合わせ。
どれも日本では一般的なつまみであるが、そのどれもがけち臭くない。盛りが凄い。刺身については見るからに新鮮だ。ここは通常の居酒屋よりは値ははるが、この内容を見ればリーズナブルである。
その結果、店内は大いににぎわっている。
「ここのサシーミ、美味いぞ!」
サイモンにそういわれたマリスはさっそく手をつけた。いかにも新鮮そうなマグロである。
なれない箸さばきでようやく口に放り込んだ。2・3口ゆっくり噛む。
「ん!・・これは、凄い・・溶けた」マリスも笑顔でうなずいた。
「そこに、このサケを飲むんだ。」サイモンの合図で2人ともおちょこを口に運ぶ。
「グレイト・・」満面の笑みで笑いあった。
直後にサイモンがきりだした。
「さっきの指揮者の役割なんだが。僕は今ではベルリンで教育プロジェクトを立ち上げたり地域へも積極的に出かけて音楽の持つパワーを知ってもらおうと飛び回っている。しかし、駆け出しのころは、ただただ音楽が楽しくて仕方がなかっただけだった。社会貢献や教育活動への参加ということは気持ちのどこかにあったと思うが、前面には出てこなかったなー。」
おちょこの酒をグイッとあけてサイモンはまだ続けた。この時点では酔いは回っていない。まだ記憶はしっかりしている。
「それが、ベルリンの音楽監督に就任したころに変ってきたんだ。ここの国の教育問題は深刻さを目の当たりにしたんだ。」