■気まぐれ連載はじめました。
昨日ふとアホなストーリーが浮かんできたんで、ここに連載しようと思います。
でも・・とてもとてもお勧めできません。恐ろしく暇な人かくだらないことが好きな人、見てみてくだしゃい。
サイモンとマリス(Simon and Mariss in Tokyo)
2005年11月の夜8:50、東京赤坂サントリーホール。
大ホールに居合わせた聴衆と演奏者はまさに一体となって、旧ソ連の作曲家が書いた怒涛の交響曲に魂をワシ掴みにされていた。
高揚して赤い顔になったマリス・ヤンソンスの指揮棒が高々と掲げられ、壮大なクライマックスを築き圧倒的なサウンドとともに交響曲第5番が終わった・・。
間髪いれず盛大な拍手とブラヴォー。ホールが一瞬地響きのように揺れた。
もう少し余韻を楽しんでいたいと思う聴衆もいただろうが、このせっかちなタイミングは日本 特に東京独自なものだ。
そんな急いで拍手をしなくても良いのに、マリスはいつも感じている。
しかし、日本の聴衆は世界的に見ても集中力が高く(硬い面もあるが・・)、演奏していてもやりがいがあるので、この国での演奏は充実感もある面、気が抜けず緊張感も高い。
「このオケの実力は底無しだ・・特に今の出来は素晴らしい・・。こんなに成功した第5はない。こういう演奏をレコーディングしたいものだ。今度このホールで一応録っておくか・・・」
マリスは自分が指揮者であってホントに幸運だったと深く実感した。
そんなことは意外と少ないのだ。
オーボエ奏者のカールが奏でるメロディーは、この世のものとは思えないくらい美しいものだった。
後でマリスはそのことをカールに感謝とともに伝えた。カールは大喜びだった。
終焉後も熱心なファンが楽屋口で長蛇の列をなしてサインをせがんでいる。
大抵の指揮者にもれずマリスも笑顔で彼らの要望に応えていた。
サインも終盤になってきたころ。
珍しく年配者が並んでいるのがマリスの目に入った。
相当な年齢だ。しかも西洋人のようだった。
「あんなお年寄りも聴いてくれたんだ。楽しんでくれたかな?」
マリスは謙虚にそう考えていた。
やがてその老人の番になった。
黒ブチの分厚いメガネをかけて古めかしい帽子を深々とかぶっている。服は意外と厚着で黒いコートを着ている。真冬のような格好だ。
老人はサインではなく握手を求めてきた。
差し出した手は皺だらけだったが大きくて分厚い。すこし震えがある。
マリスは立ち上がってにっこり笑って握手した。
老人は小声で言った。訛りのある英語だった。
「ありがとう。マリス君。今日の演奏は素晴らしかった。エフゲニー依頼の最高の演奏だった。つい嬉しくてこうして来てしまったよ。」最後は嬉しそうにマリスに微笑んだ。
「ありがとう・・」とマリスは言った。
そういう老人の顔にどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。
老人はそれだけ言うとゆっくりと振り返り、ゆっくり歩き去った。
マリスは次のサインに応じなければならなかった。
しかし、その老人のことは頭から離れようとしなかった。
ある疑問が浮かんできた。
「あれは、D・ショスタコーヴィッチのような老人だ・・」
D・ショスタコーヴィッチ、今日のメインプログラムで取り上げたロシアの大作曲家。
彼は1975年に死んでいる。
生まれは1906年だから生きていても来年で100歳。
亡くなっているので本人であることはまずありえない。
では・・、兄弟か、親類か誰かかな?
まさか幽霊か?
そう考えを巡らせていると、さっきあのまま別れたことが悔やまれた。
あのときもう少し話せば良かった。もし本物の親類だとしたらえらいことだ。
サインが終わってまた楽屋にもどった。
そこにはサイモン・ラトルが来ていて、マネージャーのヨアヒムと談笑していた。
そしてマリスに気がつくと満面の笑みで近づいてきた。
「やあ、マリス!今日のショスタコーヴィッチにはノックアウトされたよ。まさに圧倒的だったね」
サイモン・ラトルは世界屈指のオーケストラ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めていて今やサイモンとマリスは世界でもっとも注目と人気を集める指揮者だ。
彼らもそうだが、指揮者同士の交流は結構あるのだ。
意外なところでは小澤征爾とC・クライバーがある。いつ知り合ったのか不思議な関係でもある。
マリスとサイモンは年齢で言えば10歳くらいの隔たりがある。しかし、近所の子ども同士のように仲が良い。これはサイモンの社交的で気さくな性格も大きいだろう。
マリスはさっきの老人のことが気になって仕方がない。
「ありがとう!自分でも会心の出来だったよ。とんでもないオケだよ。ここは。ところでサイモン。これから少し時間あるかい?」
「ああ良いよ。僕らは昨日の公演で日本ツアーは終わって、明日ベルリンに帰るだけだから、もっとも明日はワイフと麻布へショッピングに行くが(笑)。」
「じゃあ、ちょっと着替えるから待っててくれ。」
それから15分後、2人は全日空ホテル最上階のラウンジにいた。
店内は結構混雑している。お客のほとんどが日本のサラリーマンと西洋人だ。あまり周りに干渉しない人たちなので、超人気指揮者がカウンターに座っていても誰も気がつかないのだ。
2人ともジーンズとセーターというラフな格好。
普通の西洋人を何ら変わらない。
「マリス、ルービーでいいか?」
「ルービー?・・新しい日本酒か?」
「いや(笑)ビールのことだよ。日本じゃビールのことをルービーって言うらしいぜ。言葉をひっくり返して遊ぶらしいんだ。面白いだろ?」
「ハハッ、そうなんだ。」
「ヘイ!ルービー2つ持ってきてくれ!」サイモンは意気揚々と注文した。
「はい?何ですか?」
カウンター内にいるオールバックのポマード中年ウエイターは怪訝そうに訊いた?
昨日ふとアホなストーリーが浮かんできたんで、ここに連載しようと思います。
でも・・とてもとてもお勧めできません。恐ろしく暇な人かくだらないことが好きな人、見てみてくだしゃい。
サイモンとマリス(Simon and Mariss in Tokyo)
2005年11月の夜8:50、東京赤坂サントリーホール。
大ホールに居合わせた聴衆と演奏者はまさに一体となって、旧ソ連の作曲家が書いた怒涛の交響曲に魂をワシ掴みにされていた。
高揚して赤い顔になったマリス・ヤンソンスの指揮棒が高々と掲げられ、壮大なクライマックスを築き圧倒的なサウンドとともに交響曲第5番が終わった・・。
間髪いれず盛大な拍手とブラヴォー。ホールが一瞬地響きのように揺れた。
もう少し余韻を楽しんでいたいと思う聴衆もいただろうが、このせっかちなタイミングは日本 特に東京独自なものだ。
そんな急いで拍手をしなくても良いのに、マリスはいつも感じている。
しかし、日本の聴衆は世界的に見ても集中力が高く(硬い面もあるが・・)、演奏していてもやりがいがあるので、この国での演奏は充実感もある面、気が抜けず緊張感も高い。
「このオケの実力は底無しだ・・特に今の出来は素晴らしい・・。こんなに成功した第5はない。こういう演奏をレコーディングしたいものだ。今度このホールで一応録っておくか・・・」
マリスは自分が指揮者であってホントに幸運だったと深く実感した。
そんなことは意外と少ないのだ。
オーボエ奏者のカールが奏でるメロディーは、この世のものとは思えないくらい美しいものだった。
後でマリスはそのことをカールに感謝とともに伝えた。カールは大喜びだった。
終焉後も熱心なファンが楽屋口で長蛇の列をなしてサインをせがんでいる。
大抵の指揮者にもれずマリスも笑顔で彼らの要望に応えていた。
サインも終盤になってきたころ。
珍しく年配者が並んでいるのがマリスの目に入った。
相当な年齢だ。しかも西洋人のようだった。
「あんなお年寄りも聴いてくれたんだ。楽しんでくれたかな?」
マリスは謙虚にそう考えていた。
やがてその老人の番になった。
黒ブチの分厚いメガネをかけて古めかしい帽子を深々とかぶっている。服は意外と厚着で黒いコートを着ている。真冬のような格好だ。
老人はサインではなく握手を求めてきた。
差し出した手は皺だらけだったが大きくて分厚い。すこし震えがある。
マリスは立ち上がってにっこり笑って握手した。
老人は小声で言った。訛りのある英語だった。
「ありがとう。マリス君。今日の演奏は素晴らしかった。エフゲニー依頼の最高の演奏だった。つい嬉しくてこうして来てしまったよ。」最後は嬉しそうにマリスに微笑んだ。
「ありがとう・・」とマリスは言った。
そういう老人の顔にどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。
老人はそれだけ言うとゆっくりと振り返り、ゆっくり歩き去った。
マリスは次のサインに応じなければならなかった。
しかし、その老人のことは頭から離れようとしなかった。
ある疑問が浮かんできた。
「あれは、D・ショスタコーヴィッチのような老人だ・・」
D・ショスタコーヴィッチ、今日のメインプログラムで取り上げたロシアの大作曲家。
彼は1975年に死んでいる。
生まれは1906年だから生きていても来年で100歳。
亡くなっているので本人であることはまずありえない。
では・・、兄弟か、親類か誰かかな?
まさか幽霊か?
そう考えを巡らせていると、さっきあのまま別れたことが悔やまれた。
あのときもう少し話せば良かった。もし本物の親類だとしたらえらいことだ。
サインが終わってまた楽屋にもどった。
そこにはサイモン・ラトルが来ていて、マネージャーのヨアヒムと談笑していた。
そしてマリスに気がつくと満面の笑みで近づいてきた。
「やあ、マリス!今日のショスタコーヴィッチにはノックアウトされたよ。まさに圧倒的だったね」
サイモン・ラトルは世界屈指のオーケストラ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めていて今やサイモンとマリスは世界でもっとも注目と人気を集める指揮者だ。
彼らもそうだが、指揮者同士の交流は結構あるのだ。
意外なところでは小澤征爾とC・クライバーがある。いつ知り合ったのか不思議な関係でもある。
マリスとサイモンは年齢で言えば10歳くらいの隔たりがある。しかし、近所の子ども同士のように仲が良い。これはサイモンの社交的で気さくな性格も大きいだろう。
マリスはさっきの老人のことが気になって仕方がない。
「ありがとう!自分でも会心の出来だったよ。とんでもないオケだよ。ここは。ところでサイモン。これから少し時間あるかい?」
「ああ良いよ。僕らは昨日の公演で日本ツアーは終わって、明日ベルリンに帰るだけだから、もっとも明日はワイフと麻布へショッピングに行くが(笑)。」
「じゃあ、ちょっと着替えるから待っててくれ。」
それから15分後、2人は全日空ホテル最上階のラウンジにいた。
店内は結構混雑している。お客のほとんどが日本のサラリーマンと西洋人だ。あまり周りに干渉しない人たちなので、超人気指揮者がカウンターに座っていても誰も気がつかないのだ。
2人ともジーンズとセーターというラフな格好。
普通の西洋人を何ら変わらない。
「マリス、ルービーでいいか?」
「ルービー?・・新しい日本酒か?」
「いや(笑)ビールのことだよ。日本じゃビールのことをルービーって言うらしいぜ。言葉をひっくり返して遊ぶらしいんだ。面白いだろ?」
「ハハッ、そうなんだ。」
「ヘイ!ルービー2つ持ってきてくれ!」サイモンは意気揚々と注文した。
「はい?何ですか?」
カウンター内にいるオールバックのポマード中年ウエイターは怪訝そうに訊いた?