昨日の日記とmomokoさんの意見を考えていたら、もう少しハリウッド映画について考えたくなってきた。
ある作品がヒットしたら必ずと言っていいほど続編を作ることや、初めから連作としての構想で毎年・隔年で作品を送り出す手法。
芸術作品としての映画よりも“金儲け”が先行している感が強い。
だいたい続編には駄作が多いと思っている。
そこには甘い考えがあるからだろう。
大ヒットした作品の続きならば、(同じキャストであれば)ある程度お客は来るはず、と製作者は思っていること。
第1作のときに練りに練った構想に続編を考慮していなければ、ストーリー展開にムリが生じるはず。
安易な考えで続編を作らない(1作よりも労力やアイデアをつぎ込む)や、全く別の新しい展開に持っていくとか、アイデアがうまくいけば面白い作品の可能性もある(椿三十郎・ターミネーター2など)。
しかし今のハリウッドにはあまりそれが感じられず、プロデューサーは監督の意思をあまり重んじることなく、ヒット作品を生み出すことに執着しているのではないか?(ハリウッドは監督の権限って意外と少ないのでは?)
観客の望どおりの映画を作る。例えば観客の質が低下していて、ストーリー性よりもアクションやCGを期待しているとすると、何の疑問もなく安易な軽い映画ばかりを作ってしまう。そして次に観客の望むものはさらに刺激の強い作品をとなる。一種の相乗効果でどんどん技術は向上しても映画そのものの質、本来映画が持っていた“素晴らしいもの”はなくなっていく。
この問題は実はTV業界でも感じる。
視聴率重視の日本のTVは、視聴者からモニターを集い感想・意見を集約・分析し、今の視聴者が観たい番組を最優先に作る。その結果が今の日本の民放だ。
かなりうるさい。それだけが目につく。クイズの正解をCMの後にやる手法には本当にセコさを感じる。CMまで○○秒・・というのは忙しなさしかない。落ちるとこまで落ちている。
金儲けも必要だけど、そればっかりになっても面白くないばかりか、予想だにしない弊害も多いのではないだろうか?
ヨーロッパの映画作りの姿勢、良いねー。素朴であるが感動に身震いする作品が結構ある。
お金ってそんなに必要なのかな?
チャップリンの言葉「人生には勇気と、ほんの少しのお金があればいい・・」
よく思い浮かぶ言葉です。

今は、モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番(クレーメル アーノンクール ウィーン・フィル)を聴いている。あんまり印象にないから殆ど初めてかもしれない・・
しかし面白いねー。いかにもモーツァルトで、ここにもいくつもの輝きがちりばまれている。