まっすぐでありたい、素直でありたい、天と地の間に人がいる状態でありたい、

そのためには何が必要か・・・

リンゴを4人で分けあうこと、ピザを12人で分け合うこと、ケーキを24人で分け合うこと、

そんな、「みんなで仲良く分け合う気持ち」が必要な気がしています。

「3・4・5」
「5・12・13」
「7・24・25」
「9・40・41」
「11・60・61」
   ・
   ・
   ・

なるほどなるほど

「n」が奇数のとき、「nの2乗=2k+1」を満たす「k」を求めてやると、

「nの2乗」+「kの2乗」=「(k+1)の2乗」

を満たすような「k」と「k+1」の組み合わせができてしまう、、、

リンゴを「4」人で分け合おうとしても、「5人目」が居れば言い争いになるし、
ピザを「12」人で分け合おうとしても、「13人目」が居れば殴り合いになるし、
ケーキを「24」人で分け合おうとしても、「25」人目が居れば戦争になる、、、

3×3、4×4、5×5・・・

きれいな、うつくしい、バランスのいい「3と4」を描こうとすると、どうしても「5」の線を引かなければならない。

それはつまり、「3と4」の裏に、もう1組の「3と4」があることを知ること。

表と裏、明と暗、光と影、陰と陽、天使と悪魔、生と死、、、

しかし、そんな「5」の直線を引くことができる人間は、(5×5)-[(3×4)×2]=「1」、となることで、「3と4」の集団からは、「+1」だけ余計な存在になってしまう。

ムダに生きるか、何かのために死ぬか、、、

何かを守ろうとしている人は、自分に傷を負っている、、、

「アンパンマン、新しい顔よぉ~!!」

でも、ぼくたちは、そんな人たちを、「+1」だけ余計なものとして、排除し続けている。

「愛と、勇気だけが、友達さぁ~♪」

結局そういうことなんだと思います。

P.S.
ようやく、「5×5」年前の物語を、読む準備ができてきた気がします。
ちょっと選挙がらみの記事を我慢しきれなくて、間が空いてしまいましたが、
シリーズ「2・4・1=3」、フォースシーズン、冬の到来です。

なんか、いろいろと考えを深めていくうちに、「2・4・1=3」というくくりが安直過ぎる気がしてきましたが、後日修正と編集を加えるということで、いろいろ細かいところはカンベンしてください。
(というか、そんな未完成さが、そんな甘さが、ぼくを伸ばしてくれると信じていたいんです。)

さて、、、

「3×4」で「12」が完成したと思っていたものにも、光と影が、明と暗が、そして陰と陽があること、もしくは、「12」を求めて「3と4」を探し求めてきたのに、気づいたらそれは「3×4÷2」の直角三角形にしかなっていなかったこと、、、

つまり、「12」を知ることで、「24」と「6」を知るということ。。。

これを持って、フォースシーズン、一応シリーズのまとめにできればと思っています。

それは、、、


源氏の武士たちが、平家の滅亡の中に、平家の繁栄を垣間見ること、、、


男を愛することで、自分の女らしさを知ること、、、


心をわずらうことで、健康な体をたまわっていることに感謝すること、、、


師の死期が近いことを悟り、師の恩に報いようと、弟子をとることを決心すること、、、


父親の死によって、子供である自分への父親の愛情に気づくこと、、、


そして、、、


月が昇るとともに、沈む夕日を見ながら、あなたの与えてくれたものに感謝すること、、、
「玄武選挙」に沸いた4年前から、ようやくここまで来ました。
漆黒の渦に巻き込まれた人たちが、少しずつ、光を求めて動き出し始めています。
2009年8月30日(日)、「白虎選挙」の日程が決まりました。

おそらく、まず間違いなく、黒は白に、ネガポジは反転するでしょう。
ただ、もちろんそんなことでは、何も回り始めない、それもみんな実はわかっている。
その地下で、赤が青に反転しているかどうか、ぼくたちには「見る」ことができないから。

でも、あと1か月、まだ時間は残されています。

朱雀だけではいけないといって、青龍を求める。
しかし、青龍だけで、勝てるのか、、、
青龍と白虎をつなぐものだけで、ほんとに十分なのか?

そんなことを、「感じ」始めなくてはいけない気がしています。

もちろん、一度止まってしまった正八面体を回転させ始めるためには、
まずは白と黒を貫く軸で回転させなければいけない。
赤と青を貫く軸で回転させなければいけない。

でも、鯉が滝を登りきり、龍になるためには、
どうしても、「灰色と紫を貫く軸」、人間が感じることが一番難しい軸、
これに沿って回転させなければならないような気がしています。

自分の足元の地下深くにある灰色の地殻と、自分の頭のはるか上空にある紫色の空、
そんな軸を感じながら、明日も走りだしたい、走り続けたいです。

もちろん、こんな走りでは、こんな非対称的な流転の仕方では、
3本目の軸はすぐに感じられなくなってしまう。

腰が落ち、肩があがり、上体が起きてしまう。

でも、そんなときは、頭のてっぺんから、滝のようにかぶりたいと思っています。
そうそう、「山の神様がくれた水」ですわ♪

じゃあ、1曲聴いてください。

ポイントは「2'25"」。男女がタンゴを踊り出すシーン、、、
その後に見えてくる、灰色と紫を貫く軸を、感じてみてください。

マイケル・ジャクソンで、"Smooth Criminal"


今朝、めちゃめちゃ久しぶりに自分で朝刊を取りに行きました。


自分が、今の知識で、今の価値観で、今できる限りのバイアスを排除して、

本気で悩んで、思いを込めて投票に行ったはじめての選挙の次の日の朝。


こんなに朝刊が待ち遠しかったのは、「朝日小学生新聞(通称:朝小)」を取っていた頃以来かもしれない。


これが、「選挙に行け」と訴える大人の言いたかったことだったのか、、、

って、ぼく今年で27歳なんですけどね、ホントお恥ずかしい。。。


でも、コミットすることで何か覚悟を決め、何かを捨てることを決意し、何かを受け入れることで、世界が開けていく。こういう感覚自体は、大なり小なり日々の生活で感じることがあると思っています。


そして、神宮外苑でも、皇居でも、そして病棟内でも、ランナーのみなさんや患者さん方から、そんなことを学ばせてもらうことは、、、少なくありません、、、そんなことばかりです。


今のままではいけない、何かを改善したい、何かを変えたい、何を変えたい??

そんなとき、必要になるものは、わりとシンプルなものなのかもしれません。


さて、、、


そんなこんなで、マンション入り口の郵便ポストまで行ってみると、、、


「えっ!!!!!」


日経の一面トップ記事が、都議選がらみではありませんでした。


そして、、、


「え~~~~~っ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


・・・


自分の中で、何か膜のようなものが破れ、中から透明な液体が滲み出てくるのを感じました。


「サントリー・・・」


「サントリー・・・・・・」


「サントリー・・・・・・・・・」


いちおう3回言っておきましたが、何も変わりませんでした。(←そらそやろっ!!)


もちろん、「2」が「4」になっていくことで、「2・4・1」を形成していく過程だとすれば、それがグローバリズムの中で日本企業が国内の枠組みを飛び出していき、「2・4・1」「2・4・1」のステージに戦いの場を移していくのに必要な工程だとは思うのですが・・・


なんか悔しいっす。


これが、ネクストステージへの登り方であるとすれば、そもそも、ぼくたちは何を目指して登り始めたのか、

そんなことすら考え始めてしまいます。


次のステージへ上がるためには、失わなければいけないものもある。

それは、4次元空間では、3次元ならではの葛藤が意味をなさなくなることと、ほぼ同じこと、、、


もし、「ドラえもん」ではなく、「四次元ポケット」だけがのび太の元に現れたら、、、

のび太が、3次元的な葛藤をまったく抜きに、4次元の道具を使いこなすことができたら、、、

「ドラえもん」という漫画は、子供たちに夢を与えることができたでしょうか?


グローバリズム、世界を一つに、We Are The World、、、人類の夢かもしれません


でも、ぼくは、これ以上、大好きなものを失いたくないです。。。


何がどうなっているのかわからないし、自分に何ができるかなんてわからないけれど、

守りたいものを守り抜く力をつけるためにに、こだわりを捨て、いろんな人やものに感謝と尊敬を忘れないように、しっかり自分を変えていきたいと思います!!!!!!!


そしてもちろん、自分の走りもね!!

シリーズ「2・4・1=3」、サードシーズンです。


ちょっと思うところがあってブログテーマをまとめなおしたのですが、

おかげでこのシリーズが今日を含めてあと2回で終わってしまうことがほぼ丸わかりになってしまいました。

でも、このサーガは、今までのいろんな話とは一味違う感じがしてきました。

ひょっとしたら・・・ひょっとしたら・・・ぼくのライフワークになるかもしれない、

そんな予感すら抱かせるテーマかもしれません。


ま、そんなこと考えていても仕方がないので、進めますわ。
あとから編集加えること前提で若干ぶっ飛ばしていきます!!


ま、そういうわけで、3×4=4×3=12はわりと安定感あります。


つまり、「静」と「動」の両方の因子を持ち合わせている、

「静」と「動」がコーディネーションしながら、3次元でも4次元でも、存在し続けることができる。


アナログ時計をイメージしたり、カレンダーを見たり、四季の移り変わりなんかを考えても、

まぁわりと当たり前な感じですが、今日はせっかくなのでスポーツという切り口で「12」を考えてみたいと思います。


まずは・・・サッカー


サッカーは、ご存知の通り、11人対11人で行うスポーツです。

・・・明らかに(?)1人足りないんです。

ということで、サッカーは、23人を「(11人×2チーム)+1人」にわけて、最後の1人をどちらが味方につけて「12人(=11人+1人)」を作るか、というスポーツのように感じてみたりしています。


そしてその最後の1人は・・・


わかりやすいところでいうと、スタジアムのサポーターたち。もしくは、「キャプテン翼」風に言えばボール。(「ボールは友達!!」ですから、ボールを友達にできた方が、「12」人になれるわけです。)


ですが、僕の中では最後のひとりは、「ピッチの上の隠れたランナー」 だと考えています。


ラフプレーやマリーシア(バレないようにごまかすファール)などをしていては、「神の領域」の走りをしているランナーを味方につけることはできませんし、いわんや、審判の判定に文句をつけるようなことがあれば、「天使への冒とく」に当たるわけで、90分間ピッチにいる資格なんてあるわけがありません。


そう考えると、サッカーのスポーツマンシップとはどういうことか、少しわかってくる気がします。


次に・・・バレーボール


バレーは、これまた周知の通り、6人対6人で行うスポーツです。(リベロシステムがあろうがなかろうが、コートの中は常に6人です。)


そして、前衛と後衛に分かれています。(基本的に前衛はスパイクやブロックを、後衛はレシーブなどを担当します)


はい、来ました!!「(3×2)×2=3×(2×2)=3×4=12」が見えてきます。


実は、因子の数は元々「12」なので、試合前と試合後はコート内はめちゃめちゃ安定してるんです。


しかし審判のホイッスルが鳴って、ボールが動き出した時、コートの中には「(12人+1つのボール)=13」の因子が動き回る状態になってしまう。


だから、サッカーはボールをキープしてボールポゼッションを高めることで試合を優勢に進められるのに対し、

バレーボールは、ボールを相手のコートに叩き込みあって、せめて自分たちだけでもわりと安定な「6」に落ち着かせようとするのかもしれません。


もっといえば、6人の選手の「心と体」の2因子で、「6×2=12」を自分側のコートの中で形成できれば、絶対に負けません。


負けるはずがありません!!!


ということで、サッカーは「11+1」のスポーツ、バレーボールは「13-1」のスポーツ、という感じでどうでしょう??ダメ??


ちなみに、サッカーのみならず、ラグビーやアメフトなど、いわゆるフットボールはすべて11人制です。


あとは・・・バスケットボールは、5人対5人ですが、やはりボールをキープすることでゲームを支配できるタイプのスポーツなので、「(5人+1つのボール)=6」を作り合うスポーツ、、、


うーん、やや強引か??

そろそろ雲行きがあやしくなってきたので消えます、、、ドロンパ(←何コレ??)