・ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」
・ラヴェル ピアノ協奏曲
・ラヴェル「マ・メール・ロワ」
・ドビュッシー「ラ・メール」

ビアノ:エリック・ル・サージゅ
管弦楽:シュトゥットガルト放送交響楽団
指揮:ステファノ・ドゥヌーヴ

ドイツオケにおけるフランス物の演奏会。
聴いて大正解!
これがドイツのオケなのか?!と言うほど色彩豊か、それでいて余裕たっぷりのダイナミクスレンジ、強奏箇所も混濁しない美しさ。
圧巻は「海」。
デュトワ=モントリオールも顔負け、とは言い過ぎか?(笑)

あまり得意ではないフランスものをたっぷり楽しませてくれました。

アンコールにはファランドール。
ガラガラのサントリーホールが十分によく鳴りました。大満足。ブラボー。

ノーマークだったこのコンビ。
でも、例えばハイティンク=ロンドン響の数倍当たりくじでした。
だから、クラシックのライブは面白い。
このプログラムを選んで大正解!

明日は幻想交響曲。
行かなきゃ後悔必至です!(笑)

ガラガラのサントリーホールを明日は埋め尽くして欲しい、と言う気持ちも込めて今夜のうちに更新しました。皆さん、明日はサントリーホールへ!




ウィーンフィルのコンマス、シュトイデを始めシュミードルやドレシャル、トムベックjrをはじめウィーン国立オペラのメンバーを中心に臨時編成されたトヨタマスタープレイヤーズ。

指揮者を置かないそのスタイルからどれだけ彼らの歌心が聴けるのかと楽しみにしていたのですが…

指揮者がいないと締まりませんね。
なかでもベト7。
タテの線を揃えるのに重点を置きすぎているためか、タメや休止も活きてこないし、テンポの揺れも予定調和すぎて立体的に鳴らない。
この作品では、途中でいやになりました。

その割には、聴衆は沸いていました(笑)

コンマスのシュトイデはロマンスでソロを披露。しかし、こちらも本調子ではなく幾度と音程もはずしていました。作品に思い入れがなく、練習不足?(笑)


ウィーンフィルのメンバーで脇は固めているものの、彼等らしさ、というのにもリングアンサンブルに軍配が上がります。混成臨時だからしかたないか…。

合奏における、特に交響曲における指揮者の役割とはなんぞや、と勉強するにはいい機会だったかも。



読売日本交響楽団定期演奏会

・マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」

管弦楽:読売日本交響楽団
指揮:シルヴァン・カンブルラン

(2013.3.19、東京・サントリーホール)
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読響の音楽監督・カンブルラン。
2011年より3年契約の3年目。さらに2016年まで契約を延長したとか。
初のカンブルラン体験です。



第一楽章の刻みから肩透かしを食らい、ダメだこりゃと思うと、睡魔との戦い。
指揮者カンブルランのフランス語法と言うのか、モゴモゴなにがしたいのか…
フランス人とマーラーてイマイチ結び付かないのはこの辺りなのでしょうか。(ブーレーズの明晰さ、プレートルの面白さを忘れてはいけませんが)

アンダンテ楽章も妙にあっさり流され、この辺りでは時折、隣席の方に頭をもたれさせかける始末。
ハッとしてようやく目が覚めたのは、二つ横のおばさんの飴包み紙ノイズだったとは皮肉です(笑)

目が覚めたのはスケルツォ以降は、悪くなかった。フィナーレのハンマーは誤ってP席の方にぶつけないか?いや、前の金管奏者の頭を叩き割ってしまわないか心配しました(笑)

そのハンマーは2回打ち鳴らされたのですが、直後は極端とも思えるほどにテンポをグッと落として山場を築いていました。

これだけの大曲を破綻なくまとめあげる手腕はさすがですね、カンブルラン。

そして、この日の最大の主役は、トップトランペット!金管がグダグダだと聴けたものではありませんから、そこは大健闘。

しかし、今年から正式にコンマスの座につくダニエル・ゲーテによるところなのか、はたまた、指揮者の音作りなのかはわかりませんが、私の耳には弦楽器のサウンドがいつもの読響とは違い、無味乾燥したものに感じられました。

音作りという点において、この作品にはイヤらしさや味の濃さ、はっちゃかめっちゃかなカオスをあぶり出してもらうか、または、ロジカルな閃きや巨大編成のオーケストラによるエンタメ性を表現してほしかったなあ、と良かった演奏会だけどいま一歩の踏み込み不足を感じました。

聞くところによるとカンブルランがこの作品を指揮するのは今回が初めてとのこと。なるほど…(納得)

今回は久しぶりにS席平土間でフルオーケストラの音浴びが出来たことは良かったです。









・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.19
・ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調

ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス
管弦楽:ロンドン交響楽団
指揮: ベルナルト・ハイティンク

S¥30,000 A¥25,000 B¥20,000 C¥15,000 D¥10,000 プラチナ券¥35,000

(2013.3.7、東京・サントリーホール)
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84歳になったばかりの老匠ハイティンクを聴いておきたいと楽しみにしていた演奏会。



まず、ピリスのコンチェルト。
第二楽章での、とてつもなく美しく夢を見るような弱音が素晴らしい。ベートーヴェンがモーツァルトのように聴こえました。

そして、ブルックナー。
終演後の一般参賀は2回と大いに盛上がった会場。
しかし、ん~、なんと書けばいいのか…。

オケの響きにコクや深みがなく、違和感が有りました。
ハイティンクは大変ゆっくりしたテンポで作品を進めていきますが、テンポだけが巨匠風で、でも、出てくる音はなんだか軽いと言うか…。
薄味の弦、突出気味の金管、何だか浮いた響きのティンパニの強打…
各セクションの奏者は腕利き揃いだと思うのですか…。


考えてみると、ロンドン響のブルックナーとは相性が合わないのか、あまり名盤もありませんね。わたしがこのオーケストラで愛聴しているのは、アバドとのモーツァルト、メンデルスゾーンといった軽めの作品。そう考えてみると妙に納得。

また、ハイティンクの指揮。
面白味がない、真面目すぎる、中庸すぎる、などと揶揄されることがあることにも合点。

真面目すぎる中庸指揮者ハイティンクと、技術的にも高く、現代的で機動性があるけれど味が薄いオーケストラが組んでブルックナーをやるとこうなってしまうんだなあ、と私の耳にはこのコンビのマイナス点ばかりがクローズアップされてしまいました。

ちょうど開催されているWBC。
そこそこ実績がある監督に、現代のオールスターメンバーを揃えても巧くいくとは限らないのと同じですね。

これだからこそ、オーケストラの演奏会は面白い。


演奏会から数日経過し、このまま放置してしまいそうなので、以上、簡単に書き留めておきます。


誰が言い出したか蒲田と言えば餃子。
元祖羽根つき餃子発祥の地らしい。


降り立ったのは、数十年ぶりの京急蒲田駅。
駅が複層化され、タワーマンションなんかも建ち、昔のイメージとは少し違います。




まずはニーハオ別館。
本店はすぐ近くにありますが、訳あって別館をセレクト。



わざわざ交通費を払ってくる味ではありません。しかも、やや冷めていたから、作り置きを持ってこられたのかも。残念。
店内の雰囲気も、食欲がそそられるものではありませんでした。

餃子にビールだけ頼んで、次に移動。
因みにお会計800円。



アーケード街にある金春本店。
しかし、あろうことか、宴会予約で満席のため入れず。気をとり直し、JR蒲田駅西口にある金春本店2号館へ。
運良く、一席だけ空いてすぐに着席できました。
店内はこの日の中では一番中華料理店らしい。


餃子もニーハオよりは美味しい。
餃子にはニンニク入りの付けダレが添えられていました。
でも、調子に乗ってビールのお供に頼んだカシュナッツ炒めは辛いし味噌味きついし、油が…。
全く好みではなく、残念。


まだまだ、夜は長いので、続いて東口に移動して「歓迎 本店」へ。

ここもニーハオ別館と同じようなただ広いだけの、昔のスキー場にあった食堂みたいな店内。
お陰でキャパはあります(笑)
それでもほぼ満席。繁盛していますね。

早速、サワーと餃子を注文。
ドリンクより先に餃子が到着。


ニーハオのときのように作りおきかと油断して直ぐにかぶりつくと、「アチッ」。
小籠包のように餡の中にスープが入っている様子で口の中をやけど。
お味は、そのジューシーさだけならいいに、生姜の味が広がりすぎる気がしました。


まだ、お腹に余裕があるようにかんじられたので、折角なら蒲田餃子四天王制覇しようと最後の砦「春香園」へ。



こちらは「町の小綺麗な中華屋さん」といった感じ。
サワーと餃子を注文。
少し待って餃子が登場。



こちらにも歓迎本店のように餡の中にスープが入っているのですが、先程のように口内にやけどをする危険は少ない気がします。あじは、前述3店舗の中庸と言う感じ。しかし、流石に4皿目。醤油とラー油に飽きました(笑)サイズもやや大きすぎます。口の中に入りきりません。

今日の〆に、もやし麺を注文。これはイマイチ。
店内には、ネプチューンの原田泰造、民主の前原誠司などとの来店記念写真が飾られていました。


以上、4店舗。これらは同じ一族によるお店であるそう。

お腹一杯食べて、ほろ酔い気分にそこそこ飲んで一人3000円でお釣りが来ました。
自分の好みの味かどうかはさておき、あまり知らない街での食べ歩きはたのしいものです。














ドイツの名指揮者ヴォルフガング・サヴァリッシュが89歳で亡くなった。
2000年代中盤からは引退状態で健康面の心配をしていたのだが、この日はやって来た。

今のように足繁く演奏会に通う時間もお金もなかった頃に、N響アワーに出てくるサヴァリッシュは、シュタインやスイトナー、ブロムシュテットとは、また、カラヤンやバーンスタインといったスターとは、また別次元の、
言わば僕にとっての音楽の先生であった。

大学教授のようないかにもヨーロッパの白人紳士なその容姿。
恰幅があり程よく貫禄のあるその体型。
完璧なバランスでシャツの袖が見えるタキシードの着こなし。
右手には長めの指揮棒を、左手は時にジャイアント馬場よろしく「チョップ」を操出しながら決して大袈裟にならない必要かつ十分な指揮姿。




リヒャルト・シュトラウスやワーグナーをはじめ、ベートーヴェン、ブラームス、それにメンデルスゾーン、そして、シューマンといったドイツ王道レパートリーに加え、ドヴォルザーク、チャイコフスキーといったメロウに旋律を歌わせすぎず、がっちりとした構築美で交響曲を聴かせてくれたスラヴ系作品が印象に残る。

数多ある録音のなかでの愛聴盤は、バイロイトのライヴでの「ローエングリン」、バイエルン国立歌劇場での「マイスタージンガー」(EMI)、ニュー・フィルハーモニアとの「メンデルスゾーン交響曲第2番」、そして、何よりもドレスデンとの「シューマン交響曲全集」はベストである。

土台のしっかりしたサウンドで真面目に、頑固に、至極真っ当に聴かせてくれる、職人先生のようなサヴァリッシュは、時に巨匠とはいえないとか、面白味に欠ける、等とも評された。
しかし、それはスター性などにめもくれず、真の意味でのマイスターだった証とも思う。

そんなマイスターに、クラシック音楽に親しみだしたタイミングでテレビを通じて親しめたことはその後の自分にとってラッキーであったといえよう。

サヴァリッシュ先生、ありがとう。安らかに。







第202回東京芸術劇場名曲シリーズ

・ブルックナー:交響曲第5番 変ロ長調(原典版)

管弦楽:読売日本交響楽団
指揮:下野竜也

(2013.2.20、池袋・東京芸術劇場)
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数年ぶりに東京芸術劇場に行って来ました。

大好きなブルックナー5番。
なのにこの作品、2005年のアーノンクールや2007年のティーレマンなど悉く聴き逃し、そして、機会に恵まれず、ようやく実演で聴くことができます。


重厚で長大なこの作品。
オーケストラには技術的なことはもちろん、ダイナミクスレンジ、響きの分厚さ、弱音から最強奏までの表現力であったり、スタミナまでもが要求されるので、オケのみならず指揮者にも相当な職人芸、仕事量が要求され、若いドメスティックコンビの限界を感じた演奏会でした。

今日のような演奏会を聴くと、海外オケの上手さ、世界的名匠クラスの至芸、そして、来日公演の有り難みを感じられずにはいられません。
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とは、今までの読響実演のイメージから事前に書き置きし、そのイメージ通りなら、そのまま更新してしまおう、と考えていたのですが…
実際には、イメージを大きく裏切ってくれた秀演でした!

第一楽章のピチカートによる序奏から物凄い緊張感。
下野は大巨匠のように、アブラギッシュなまでに強音を引き出し、ゲネラルパウゼを決めてくれます。
読響もそれに応えて、いつもはアバウトなまでのたてのフレーズの処理も神経が通って綺麗。下野の音楽作りの良さを感じました。
また、サクサク快速に進めるのかと思いきや、じっくり腰を据えたテンポにも好感。

第2楽章のアダージョでは、弦の歌わしかたがツボを心得ていました。日本人の感性らしいといいますか…。
読響の弦も、こんなに美しく歌えるとは思ってもいませんでした。天晴れ!

第3楽章のスケルツォ。
テンポは快活に進めますが、3拍子のリズムの処理に感心。
ここは色気はなくていいんです!
出せないんだから!
そこをウィーン・フィルのようなサウンドを狙わないことに、逆にブルックナーの田舎臭ささ、不器用さを表せたんじゃないかなあ?と思います。

フィナーレ。
一段ずつ、ゆっくりとコラールの高みに到達!。大団円を自信をもって形成してくれました。ティンパニも効果的。
金管の強奏とホルンの間の手がガッチリ噛み合って素晴らしいブルックナーを聴かせてくれました。

指揮者の下野は、まだ若手ではありますが、順調に熟成と経験を重ねれば朝比奈隆のようなブルックナーのスペシャリストになれるような気がします。
何よりも、読響にここまでやる気にさせることができ、
気持ちよいほど、鳴らすことができるのですから!

惜しむらくは、国内オケに引っ張りだこで海外での鍛練と経験がまだ乏しいこと。
このままだと、万年、国内オケの便利屋さんになってしまわないかが心配です。

そして、読響。
やったらできるじゃないか!!
こんなに素晴らしく、音楽的な読響サウンドをはじめて聴かせてもらいました。
これまでの、ネガティブなイメージを覆すに十分な演奏会でした。



ところで、チラシに下野の読響・正指揮者卒業とありますが、何も当団と距離を置くようになるわけではなく、新シーズンより首席客演指揮者に格上げされるそう。今後の更なる飛躍が期待されます。

それにしても、東京芸術劇場のシートは相変わらず座りにくい。何かにつけて、サントリーホールの素晴らしさを感じたホールでした。
しかし、たまには池袋の夜も楽しいものです。












読売日本交響楽団 第557回サントリーホール名曲シリーズ



ロッシーニ:歌劇「泥棒かささぎ」序曲
シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」~「間奏曲第2番」「バレエ音楽第2番」
ベートーヴェン:ロマンス第2番へ長調 作品50
ドヴォルザーク:スラブ舞曲作品72-2
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
-----------------休憩--------------------
J.シュトラウスII:喜歌劇「こうもり」序曲
J.シュトラウスII:エジプト行進曲作品335
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「遠方から」作品270
J.シュトラウスⅡ:ワルツ「加速度」作品234
J.シュトラウスⅡ&ヨーゼフ・シュトラウス:ピチカート・ポルカ
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
J.シュトラウスII:ワルツ「南国のばら」作品388
J.シュトラウスII:トリッチ・トラッチ・ポルカ作品214
~アンコール
J.シュトラウス:ラディキー行進曲


管弦楽:読売日本交響楽団
指揮&ヴァイオリン独奏:ライナー・ホーネック

(2013.2.12、東京・サントリーホール)
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この演奏会の副題が「ひと月遅れのニューイヤーコンサート」。真夏なら「真夏のニューイヤーコンサート」とでも言うのでしょうか?読響さん(笑)



さて、当夜はウィーン・フィルのコンサートマスターであるライナー氏が指揮。もとい、キュッヒルもライナーでしたね(笑)。ライナー・ホーネックのソロと指揮を聴いてみたく行って来ました。ちなみに兄マンフレードもウィーン・フィルの元ヴィオラ奏者。指揮者稼業に転身し、スター性はないものの中堅指揮者として出世しています。

本題にもどり、
一曲目のロッシーニ。
管に弦、弱音には滅法弱く、強奏箇所になるとオケに纏まりが出来て元気、パワフル。
「ああ、読響だなあ」と、私の思う「読響らしさ=読響サウンド」の出た演奏でした。

ベートーヴェンのロマンスではホーネックのソロを披露。
音程は確かなものの、音圧が弱い。
それでも美しい。
けれど、キュッヒルの圧倒的に豊かな音量、シュトイデのソリスト級の上手さ等を考えると、ホーネックのコンマスとしてのウィーン・フィルでの存在感の薄さを感じてしまいました。

総じて、前半の小品名曲集は、極めて中庸でした。

後半はウィンナ・ワルツ。「こうもり」ではかなり違和感を覚えたものの、ホーネックが弾き振りをしてオケにフィルハーモニカー魂を注入。「加速度」ワルツあたりからオケも乗りだし、団員さんたちも楽しそうに、国内オケには珍しく笑みを浮かべながらの演奏。
本家のそれと比べると(比べてはいけないと解りつつ…(笑))色気や気品、独特のニュアンスに乏しさは感じるものの「南国のばら」なんかは秀逸の出来だったと思います。このあたりがホーネックのエッセンスなのでしょう。
もしかすると、当夜のようにリズム感があって、明るく楽しい作品が読響に合っているのかも知れません。


(弾き振りをするホーネック。読響HPより)

最後は「ラディキー」で盛り上がって終了。

ホーネックの指揮は、コンサートマスターの余芸の域を越えていないように見えましたが、こういう演奏会は、やっぱり楽しいものです。









ベートーヴェン:劇付随音楽「シュテファン王」序曲 Op.117
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調 Op.58
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」

ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
指揮:エサ=ペッカ・サロネン


S22,000 A18,000 B14,000 C10,000 D7,000
(2013.2.8、東京・サントリーホール)
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当団は伝説的なEMIの録音プロデューサーであるウォーター・レッグ氏が創設した元々は録音用オーケストラ。彼の死後、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と胡散臭く名乗っていた時代もありましたが、歴史は浅いものの晩年のクレンペラー、若き日のムーティ、不世出の名指揮者シノーポリを常任指揮者に迎えて来ましたし、最晩年のフルトヴェングラーによるR.シュトラウスの「4つの最後の歌」を世界初演していたり、カラヤンも幾つかの録音を残しているロンドンの名門オーケストラと言えるでしょう。もちろん、レッグ氏の手腕と人脈の為せた業ですが。(余談ですが、レッグ氏はマリア・カラスと並び20世紀の伝説的なソプラノ歌手シュヴァルツコップの夫君です。)

そんなオーケストラがいまや押しも押されぬ実力をもつ中堅指揮者サロネンを常任に迎えているあたり、やはりDNAといいますか、抜け目がありませんね(笑)

しかし、このオーケストラ、幾つかの録音を聴く限り、下手でもないけれど上手くもない、これと言った個性を感じない。さらに、来日公演も必ずしも常任格の指揮者が同行しているわけではなく、たとえば、マゼールとモーツァルトをやってみたり、インバルとマーラーチクルスをやってみたり、と器用で柔軟性に富み過ぎるあまり、商売魂が見栄隠れしてしまいネガティブなイメージを持っていました。だから、いつもはパス。が、今回は常任指揮者サロネンとの来日。普段の彼らの実力が分かりやすそうです。ライヴではどうでしょうか。初実演です。

一曲目のベートーヴェンの序曲。
編成は12-10-8-6-5。トランペットとティンパニは古楽器を使用。弦楽器もビブラート控えめ(←多分(笑))。
快活な作品ということもあり、オケも鳴りっぷりもよく、なかなか上出来。当夜は良い演奏会になる予感がしました。

舞台にピアノを配置してアンスネスとのコンチェルト。
たいへんスマートな演奏だったと思いますが、いかんせん陣取った座席が不向き過ぎ。
最近、バック席でピアノ協奏曲を聴くことに限界を感じ、当夜も半ば休憩モード。音が聴こえないのでやる気も出ません(笑)
たまには正面席で聴きたいものです(涙)

さて、休憩を挟みメインのマーラー1番。
クレンペラーやバルビローニ、シノーポリとのマーラー録音や前述のインバルとの東京でのチクルス…。ロンドンのオーケストラの中でも、もっともマーラーと深く関わってきたオーケストラを、サロネンがどのように味付けを施すのか?
同コンビとのマーラー9番の録音のようにサラサラとアクのないスッキリ過ぎる現代的な解釈から余り期待していなかったのですが、結論からいいますと、予想を裏切ってくれる大変なスリリングな理性を伴う爆演、力演でした。

第一楽章では、明晰な楽器の響き、後半の盛り上がりへのスリリングなまでのテンポの落とし方と圧倒的な爆発。第一楽章をこの作品のプロローグとしてサロネンが捉えているのでしょう。こうしたアプローチに感心し、そして、期待が高まり第二楽章。

この楽章冒頭のチェロへかなり鋭角的な音を要求していた気がします。そして、楽観的なテンポ。さらに、中間部では誰も聴いたことがないようなタメ、ティンパニの痛烈なまでの強打。どんどん聴き手を引き込む楽章後半の煽り。

第3楽章では思いの外、早いテンポ。メランコリックな、マーラー特有のごちゃ混ぜにしたメロディが全く感傷的にならず、凸凹をなくしてしまうかのよう。この楽章を聴くと、サロネンのマーラーの9番は私の好みではないなあ、とおもいましたが…

フィナーレ楽章では、それまでの楽章でサブリミナル的に見せていた、言わば仕込みをしていた具材を、強火にかけて一気に料理にしてしまうような、そんなあっという間の20分間でした。フィナーレコーダでの煽りに煽る加速度は、この作品のライヴを聴けたことの爽快さを味わうに打ってつけです。

欲を言えば、木管に色気がなかったり、トランペットがやや女々しく聴こえたり…とオケの能力に不満がないわけではありませんし、サロネンにももう少しエグさを引き出すよう歌わせてほしかったのですが…

それでもしかし、いままでに何度もこの作品のライヴに接して、やや飽食気味だったにも関わらず、素晴らしかったと思えるのですから、サロネン、恐るべし。圧倒的。

アンコールはクールダウンもかねてお得意のシベリウスから「悲しきワルツ」。

終演後は、SCC(←ソロカーテンコールの略です(笑))1回。わたしも、ブラボー!と叫びました。

正直、ベートーヴェン7番プロの好評な様子を聞いて、東京芸術劇場のシベリウス&ハルサイ・プロが一番アタリで、当夜のマーラー・プロが一番ハズレかとこの日のチケットしか買っていなかったことにかなり後悔していたのですが、素晴らしかったです。でも、やっぱり芸術劇場のハルサイ、行きたかったなあ涙


(岩国公演でのカーテンコール。ジャパンアーツHPより)

ただし、オケに関しては、なんともあまり感想を持ちませんでした。しかし、やはりパワーとレンジは外来オケのそれでした(笑)







東京都交響楽団第747回定期演奏会Bシリーズ

マーラー:
・リュッケルトの詩による5つの歌
・交響曲第5番嬰ハ短調

管弦楽:東京都交響楽団
メゾソプラノ:イリス・フェルミリオン
指揮:エリアフ・インバル

(2013.1.22、東京・サントリーホール)
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快進撃を続けるインバル=都響のコンビ。
インバルのトレードマーク、マーラーとなれば人気です。会場がサントリーホールということもあり、この日も完売。しかし、ポツリポツリ空席はありました。

早速、前半の歌曲。昨年の大地の歌でも共演しているフェルミリオン。
しかし、座席がP席だったことが致命的。声が全く聞こえない。舞台裏感をさらけ出す結果に。声楽付には全く不向きであることがわかりました(特にソロ)。ちぇっ。
オケはインバルの要求によく応え、大変神経の行き通った透明感のあるサウンドはこのコンビならではですね♪

そして、お待ちかね、インバルのマーラー5番!
20年以上前のインバル=フランクフルトとのサントリーホールでの伝説的な演奏が私のマーラー体験の始まり(実演ではなくビデオです)であることを考えると何とも感慨深いものがあります。

第一楽章冒頭のトランペットソロからやや早めのテンポ。ここでも几帳面なまでに指揮棒を振る姿は、動きこそ小さく合理的になっても20年前のものと同じです。
そのインバルの指揮に確りついて行くオケは呼吸感がピッタリ。

第2楽章へは間髪おかずに進めるところも「こうでなくっちゃ!」。
「嵐のように」とあるこの楽章にしてはやや綺麗に整えすぎていた感じも否めませんが、じっくり歌わせた中間部のチェロのソリやフィナーレのクライマックスの前置きの盛り上げ方などさすがです。

ここまでは最高の集中力でしたが、スケルツォでの聴衆による迷惑なまでの強烈なくしゃみ数連発を皮切りに、オケもやや集中力を削がれたか、木管の連係にミスが散見。インバルの早めのテンポもありやや音楽が上滑りしていたような気がしました。
それでも有馬さんのソロホルンをはじめホルンは破綻なく聴かせてくれるところに、このオケの長所も発揮されていました。

次いでアダジェット。その前にチューニング。一旦インバルは袖に引っ込みます。こういう演出?は初体験でした。
弦楽合奏のこの楽章。対向配置で聴きたかったなあ~。
そして、私が都響をあまり好きになれない原因がはっきりしました。弦です。音が神経質なまでに透明で、悪く言えば音が薄い。ここでは早めのインバルの最近の特徴、サクサクとしたテンポに浸れない自分。ワールドクラスのキャラクターが強い弦楽器軍とどうしても比較してしまいます。もっと艶やかさとか、色めかしさとか、ゴリゴリ感とか…。

フィナーレへはお約束通り前楽章の弦楽器が超弱音を奏でるなかで、ホルンの合図ではじめるのですが、ここでも弦が弱い。弦とホルンの対比が決まってはじめて格好がつく場面なんですがね…。
よく言えば推進力に溢れた、悪く言えばあっさりサクサクと進めたフィナーレ。

プログラムには約68分と書かれていましたが、確かに終演後、腕時計を確認するとそれくらいの時間。マーラー5番で70分弱とはやはり速い。しかも、CDとは違い、咳払いタイムやチューニングタイムを含んでのその時間ですからね。実質65分ちょっと?

話は弦楽器にもどります。

う~ん、だいぶ前の話ですが、バーンスタインWPhのCDばかり聴いた後に、インバル=フランクフルトのCDを久しぶりに取り出すと、弦楽器が余りにも薄く感じて、録音に起因するものなのか、演奏者に起因するものなのかわからないまま、想い出の組み合わせなので、ただただガッカリしたことを思い出しました。そして、当夜の演奏会で確信できました。弦の薄さはインバルの志向によるものだと。

けれど、この大曲を破綻なくしっかりまとめあげるとともに、各セクションのプレイヤー(特に金管!!)の持つ力は最大限に引き出す手腕もインバルだからこそでしょう。

いまや都響は、若杉弘やガリー・ベルティーニとのマーラー全曲取り組みなどの歴史的DNAがインバルにより昇華され、少なくともマーラーを演奏させれば、その独特の語彙を最も理解し咀嚼し上手さを併せ持った日本一のオーケストラだと思います。

パーヴォ・ヤルヴィ=フランクフルトの新コンビによる闇鍋のようなグシャグシャのマーラー5番(一部評論家が絶賛している意味がよくわからない)より、インバル=都響による湯豆腐のような当夜の演奏会の方が満足できました。(しかし、ジンマン=トーンハレ、MTT=サンフランシスコの世界的ソリスト級の金管奏者を擁する強烈なオケの上手さには全く及びません)

オケが引けた後も、熱烈な拍手に応えてインバルの一般参賀2回。トランペットソロの高橋さん、コンマスの矢部さんを連れて喝采を浴びていました。

前述の爆音くしゃみ数連発(←生理現象だとしても、やり方に問題あり!)以外にも、20時のアラームを鳴らす方、余りにも醜いフライングブラボーをする方が残念だったことも書き添えておきます。