大勢の英国首相を輩出してきた、男子全寮制のパブリックスクール、イートン校にあらためて関心が集まっているようです。中部経済界の後押しで全寮制の私立中高一貫男子校「海陽学園」が開校したことがきっかけの１つ。同学園はイートン校がモデルであるとされています。同学園からは2012年春、第１期の卒業生が巣立っていきました。
イートン校は1440年、ヘンリー６世によって創立された由緒正しいパブリックスクールの名門校。リーダーシップの育成を重視した教育方針でも知られています。ナポレオンを破ったウェリントン将軍が語ったとされる「ウォータールーの戦いを勝利に導いたのはイートンの校庭」という言葉でも有名です。
現在の英国首相、デービッド・キャメロン氏もイートン校からオックスフォード大学に進みました。キャメロン氏は国王ウィリアム４世にさかのぼる上流階級家庭の出身です。イートン校は経済・産業界のリーダーも大勢送り出していて、海陽学園が手本にするのも納得できます。
イートン校の教育は、日本のいわゆる受験エリート養成校とは別物と言えるでしょう。一般的な教養はもちろん、音楽、スポーツなどを含めて幅広い知識や興味を持つ人間を育てる全人格教育の伝統を今なお受け継いでいます。例えば音楽であれば、音楽教員のリストは大半の楽器をカバーしていて、生徒は一対一で楽器演奏を習うことができます。運動施設も整っていて、ゴルフ場、乗馬場まで用意されています。
そんなイートン校の特質は演劇を使った教育にも表れています。日本では演劇教育と言うと、「学芸会」という言葉に象徴されるようなお芝居の真似事的なイメージがあるようですが、イートン校の演劇教育はけたが違います。校内に自前のシアターを持ち、舞台装置や照明もレベルの高いものがそろえられています。その環境のすごさは、プロの使う劇場並みと言ってよいでしょう。
しかも、シアターでの演劇指導に当たるのは、世界最高のシェークスピア劇団と評価される「ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー（ＲＳＣ）」。名優ローレンス・オリヴィエやケネス・ブラナーも所属した名門劇団です。このＲＳＣが子ども相手といった態度抜きに、本格的な演技を指導してくれるのですから、単なる仕草の振り付けにとどまらない、演劇の本質にまで踏み込んだ指導が受けられるのです。
それほど演劇教育に力を入れているイートン校ですから、本職の俳優を目指す人が現れるのも当然と言えるかも知れません。例えば、米国のテレビドラマ『Dr.HOUSE』で主人公のハウス医師役を演じた英国人俳優のヒュー・ローリーもその１人。やや偏屈な性格で、癖のある難役を見事に演じて、高い評価を受けました。イートン校を出た後は英国のケンブリッジ大学で学んでいるだけに、演技にも知性が感じられます。音楽の分野でも才能を発揮していて、さすがはイートン校出身者とうならされます。
いじめ問題やゆとり教育批判を受ける格好で、日本でも教育システムの見直し論議が勢いづいているようです。でも、イートン校は500年以上もかけて全人格教育の枠組みを整えてきました。カリキュラムのちょっとした組み替えや、著名人校長・講師の投入、表面的なお化粧直し程度で、イートン校のような全人格教育がすぐに実現できるはずもありません。すぐれた点に学ぶのは結構なことですが、単なる模倣に終わらないよう、日本の知恵も生かしたリーダー育成をめざしてほしいものです。
引用先：http://bizacademy.nikkei.co.jp/blog/blogdetail.aspx?cd=922C6F3D16FA4D249DA67468F237AB16&pid=142