今回は大切な日を明日に控え
想いをぶつける
次世代に何を伝えて、どう関わっていくか
常に自問自答の毎日
高校時代
今から11年前
2011年度全国高校サッカー選手権の宮城県代表
当時、高校2年生
17歳
選手権初出場の盛り上がりの9ヶ月前
そう
『東日本大地震』
による大津波、原発事故が東日本太平洋側を襲った
あの時の記憶はまるでスロー映像のように鮮明に覚えている
高台にある学校からは約10キロ以上先の海岸線が見え、砂煙が上がっているように見えた
その時まさに先輩のワンセグ映像から大津波が空港に押し寄せる映像が流れる
何が起こったのか全くわからない
仙台の星空の綺麗さが現実の恐ろしさをまじまじと物語っていたのだろう
あんな綺麗な星空はなかなか見れないだろう
皮肉にも程があるよ
鮮明に目に焼き付いている
私のチームメイトや先輩、学校の仲間で被災された子達が多くいた
どう接すればいいのかわからない
そして旭でも
酷い被害に遭われた仲間が身近にいたから
出来ることならば、しない方がいい経験だろう
だが、自分しか伝えられない経験や言葉があるのも事実
世界では平和な日常が失われつつある今この時
日本人は平和ボケしてる場合じゃない
"明日"何があるかわからない
明日の保証なんて何もない
理屈じゃなく実際の経験から来るもの
だからこそスクールの子ども達と全力で遊ぶ
そう
ひたすら遊んで やっつける
遊びの中での"主体"と"責任"
何故遊びなのか
1番親しみやすく学べるから
3.11が物語るように、人生はとんでもなく理不尽だからこそ見える美しさがある
やっと芽生えた苗を台風に晒したら全滅しますよね。
遊びを通して"逞しさ"を身につければ台風を凌ぐ術を身につける可能性がある
与えられた環境を前向きに栄養に変えれるのか、そうではないのか
どちらの人間になりたいか
自分はまだまだ足りなさすぎる
社会が投げる課題から目を逸らさず、危機感の中で楽しみ、表現し続ける人間でありたい
自分の関わり方を理解していただける環境がある事に幸せを感じる
例え批判されようがブレない
決して
自分の身となっている経験をもとに
自分に関わってくれる人達の
『最幸の今』を
創り上げていく。