彼が総本山に修行に行ってしまってからというもの

こちらから彼に連絡をとる手段はない

ただただ毎日、彼のいるお寺さんの方角を眺めて
健康でいてくれることと、あまり無理をしないでいてくれることだけを願う日々。

だけどたまに、本当にたまに
私のスマホに

公衆電話

と表示される着信がくる。

最初は

まさか…?

という不安と期待から
恐る恐る出た。

その電話はやはり、彼だった。

聞いたことないほど掠れた声の彼。

だけど彼だとちゃんとわかった。

そして、その掠れた声から

修行の大変さが伺える。


その時やっと、彼のお仕事は
喉が大切なお仕事なんだと気づく。

ある時、私は彼に片思いをしていた時
ちょうどオンエアされていた
お坊さんが出てくるドラマの最終回を見返していた。

その頃の私は世界中を飛び回り活躍する事を夢見ていた。
だからこそ、そのドラマが
あまりにも印象的すぎた。

そんなドラマを見返していて
涙が止まらなくて
1人でピーピー泣いていたら

スマホが光った

出ると彼だった。

だけど彼は無言だった。

どうしたの?

彼はほとんど聞き取れないほど小さな
弱々しいかすれ声を絞り出すかのように

お経あげすぎた…

それだけ声を振り絞ると
彼は無言のまま、電話をきることなく
ただただ私の話を聞いていた

あいずちぐらいうってよ…
という私の要望にも
答えられる状態ではなさそうだった


ドラマを見てたんだよ
あの冬を覚えてる?

私はあの時からずっと…

彼は永遠、私の独り言を聞くと
満足したのか

行かなきゃ

と、また聞き取れないほど小さなかすれ声で言うと
電話をきった。


ドラマを見ていた時よりも私は泣いていた。
きっと彼に聞こえていた私の声は半分以上泣き声だった。

たかぶっていた私は
泣きながら想いをぶちまけた

だけど、そんなんじゃいけないと思って

精一杯楽しい笑い話をした。

彼が喜んでくれたのかはわからない。

何も言わない人が
声も出ない状態なのだから
仕方ない

だけど、どうにかして
目を盗んで、きっと危険を冒してまで
私に電話してきてくれるってことは

私を好きでいてくれて
声を聞きたいって思ってくれていたからだよね?


あのドラマはハッピーエンドだった。
主演の2人は今恋人で結婚するらしいと報道されている。

その話も彼にした。

私たちもいつか…

そう願って
彼が帰ってきてくれるのを
私は大人しく待ってる

1度だけ
彼が言ってくれたことがある

待っててくれて
ありがとう

どんな言葉よりも嬉しかった

待ってるって決めたのは私。
勝手に待ってるだけ

出てきて結婚してくれるとは決まってない

だけど、私はどうしても待っていたい
だからどんなに寂しくて辛くて
どうしようもない苦しみがあったとしても
待ち続けている

彼に出会って、1年半片思いをした。

人を好きになった事はあった
だけど、どうしても彼の彼女になりたい…と思ったことは今までなかった。

そうなれたらいいな…程度の恋しかしたことがなかった。

それが初めて
私はこの人の嫁になる
って決めた。

彼女じゃない
嫁になりたいって思った。

私は今、まだ彼女という肩書き

彼のいない彼のご実家に行くと
ご家族のご友人から
私は嫁ちゃん…なんて呼ばれたりする

それがどんなに嬉しいことか


ふりむいてなんてもらえない
そう思っていた難攻不落の彼を
1年半かけてようやく
彼女という立場にしてもらえて

今こうして、言葉にはしてもらえないものの
愛されている実感はある。

きっと世間で無言電話っていうのは
イタズラで、気味が悪い、嫌がられるものかもしれない

だけど、私は彼からの無言電話に救われてる。

どんなに声がでなくても
喉が掠れていたとしても

タイミングをみはからって
きっと見つかったら怒られることを承知で
彼は私に電話してきてくれている

私には想像もつかないほど
修行は大変だと思う

修行僧のくせに
そんなことしてるなんて
まだまだ煩悩があるじゃないか
なんて厳しいことを言う人がほとんどだと思う

だけど、それを同じ修行を終えたお坊様から言われるのは仕方ないと思う

だけど、その過酷さもしらない人に言われたくはない。

私も1人で懸命に生きてる
彼も懸命に修行に耐えている

お互い励ましあって
頑張るしかない

彼からいつ連絡がくるかわからない
だから私はスマホが手放せないし
充電を切らすことはできない。

ただスマホを睨んで待ってることはけしてないけれど、肌身離さず持っている

いつか、そんな事も思い出話となって
一緒に懐かしいね
なんて一緒に笑える日を私は待ち続ける。