今年は鉄道開業150周年になります。

 

そして、JR東日本の各新幹線は、

それぞれキリのいい周年と

なっております。

 

 

 

最近はYoutuberも鉄道系の方が

多く活躍されていますが、

ほとんど平成生まれの若い世代が

中心と見受けられ、国鉄時代の事は

知識としては知っていても、

その当時の雰囲気を実際に味わう事は、

タイムマシンでも開発されない限りは

叶いません。

 

私は国鉄時代を経験している鉄道趣味人と

いうことになるのですが、それでも

SLが現役で走っていた時代には、

間に合ってはおりません。

 

このように、鉄道趣味をどの時代から始め、

どの事象をリアルタイムで経験したのかと

いう事は、鉄道趣味においては大きな

意味を持ってくると考えます。

 

今から40年前の今日、1982年11月14日。

 

上越新幹線開業に伴う国鉄ダイヤ

白紙改正の前日。

 

あの日の上野駅にいた事、

そしてあの熱狂は、

生涯忘れる事はないのでは

ないかと思います。

 

ただ残念な事に、当時写真は撮ったのですが、

フィルムを現像に出さないままに

紛失してしまったのです。

 

実に勿体ない事をしてしまいました。

 

なので、画像は特に断りのない限り、

適当なところから引っ張ってきた

写真を使用しております。

 

 

 

あの日は日曜日でした。

 

埼玉県民の日であったのですが、

県民の日には振替休日はなく、

この年は事実上単なる日曜日でした。

 

クラスメイトのI君と共に、浦和駅から

上野方面の中距離電車に乗り込みました。

 

当時の浦和駅は、中電が朝夕にしか

停車しなかったのですが、

それもこの日が最後。

 

翌日のダイヤ改正からは、中電が終日

停車するようになりました。

 

急行はるな

乗り込んだ電車は、当時東北本線や

高崎線での主力だった近郊型

115系ではなく、急行型の165系。

 

急行型が間合い使用で普通列車にも

頻繁に使用されていた時代でした。

 

終点上野まで行かずに、その手前の

尾久駅で一旦降りました。

 

ここには尾久客車区(現:尾久車両

センター)が置かれ、色々な車両が

留置されており、鉄道ファンも

大勢ホームにおりました。

 

当時から「撮り鉄問題」というのは

存在したようで、下車した瞬間から、

駅員さんが構内放送で再三に亘り

危険である旨の注意喚起を

しているのですが、そこは当時の

国鉄職員。

 

「危ないって言っているだろう!

もう写真撮影は禁止!」

と、ひたすらがなり立てています。

 

今の駅員さんも、あれくらいはっきりと

言えたらさぞかし気持ち良いので

しょうが、尾久駅到着後一枚も

写真を撮影しておらず、当然

白線(当時は点字ブロックの外側に

白線も引かれていました)の外に

出るなどの危険な行為もしていない

私たちにとっては、ただただ

雰囲気の悪い場所でしかなく、

すぐに上野駅に移動しました。

 

 

 

鉄道少年にとって、上野駅を

発着する特急列車群は、スターの

ような存在です。

 

この日を最後に引退をする

上野~仙台間を走る特急「ひばり」や、

明日開業の上越新幹線にその名を譲る

上野~新潟を結ぶ特急「とき」などが

到着するごとに、ホームはカメラを

構えた鉄道ファンが殺到します。

 

特に「とき」は、181系という

国鉄の看板だった名車両を

用いて運行されていた最後の

特急列車であり、この日を最後に

181系自体も引退する事に

なっていたので、その熱狂度は

最高潮に達していました

(画像は現在鉄道博物館に

展示されている181系車両です)。

 

この他にも、新幹線に接続する

ローカル特急に転職するため、

上野近辺ではもう見られなくなる

列車もありました。

 

特急「いなほ」は新潟~秋田・青森間の

列車に、特急「はつかり」は

盛岡~青森間の列車に変更となりました。

 

小学4年の私にとって、新潟や盛岡は

海外なみに遠く、実際に「いなほ」には

中学卒業後の旅行でやっと再会し、

「はつかり」に至っては、20歳位まで

再会できませんでした。

 

 

 

かなり混雑した駅構内だったので、

途中でI君とはぐれてしまい、

その後は最後まで会えずじまいでした。

 

まあ当時既に、単独行動できる位の

スキルはあったので、全く問題

ありませんでしたが。

 

私のお目当ては、特急「みちのく」。

 

一番好きな列車であり、私を鉄道好きに

させた列車と言っても過言では

ありません。

 

昼夜兼行車両である583系を使用し、

上野~青森間を常磐線経由で

結んでいました。

 

1日1往復しか走っていなかったため、

この列車も大人気であり、上りの

「みちのく」が入線した瞬間、

私の小さい身体はもみくちゃに

されてしまいました。

 

残念ながら一度も乗車する機会に

恵まれませんでしたが、私にとって

永遠のレジェンド列車です。

 

 

 

つづく真顔