1985年3月、東北・上越新幹線は、

上野~大宮間が延伸開業します。

 

それに合わせたダイヤ改正で、

東北・高崎線の近距離・中距離の

優等列車の見直しが図られる

事になりました。

 

新幹線リレー号はその時点で

廃止となり、その余剰185系を用いて、

新たな特急が誕生しました。

 

その名は「新特急」。

 

特急でありながら、停車駅の多さと、

近距離では急行並みの料金で

乗車できる手軽さが謳い文句でした。

 

上野~前橋間の「新特急あかぎ」、

上野~水上間の「新特急谷川」、

上野~万座・鹿沢口間の「新特急草津」、

上野~黒磯間の「新特急なすの」の

4系統が運転開始となったのです。

 

同区間を走っていた急行は、

この新特急に統合されています。

 

ちなみにこの「新特急」は、列車種別ではなく、

あくまで呼称であり、列車名の一部に

含まれます。

 

なので「特急踊り子号」という言い方を

踏襲すると、「特急新特急あかぎ号」に

なるというややこしさ…。

 

 

 

私の最寄り駅は浦和駅ですが、

かつては県庁所在地なのに

普通列車も停まらないと揶揄されました。

 

そんな浦和駅に初めて停まった特急が

この新特急群であったので、

親しみのある車両ではありました。

 

 

 

「遜色特急」だと批判を浴びた事もある

185系でしたが、40年近くも第一線で活躍し、

多くの人から惜しまれつつ、表舞台から

姿を消す事となりました。

 

カラーリングもスタイルも、それまでの

ものとは一線を画す大胆な車両で

あった事は間違いありません。

 

185系については、「JR東日本に残っていた

最後の国鉄型特急車両」と紹介される

事が多いようです。

 

その評は確かにその通りなのですが、

伝統的な国鉄車両ではなく、

それまでの殻を打ち破った礎のような

車両であったという印象の方が

私には強く残ります。

 

今でこそJRの車両は、各地で独特の

個性を持ったデザインとなっていますが、

それはJR発足から始まったのではなく、

実はそれよりも前の、この185系誕生こそが、

全国画一的な車両のデザインという概念を

取っ払ったのではないかと考えています。

 

そういった車両が過去帳入りする事に、

もうそんなに時が経ってしまったのかと、

感慨を抱かずにはいられません真顔