たまには真面目な話を。
芸能人・俳優・アーティストなど、
ショービジネスに生きる方たちは、
売れっ子になればなるほど、
抱える物も増えると思います。
その人の存在自体が商品であり、
その人に関わるスタッフや関係者などは
多くなり、その人がいてこそ
生計が成り立つ人も当然いるでしょう。
しかしながら、モノではなくヒトなので、
嫌になったり、辞めたくなったり
する事も勿論あると思います。
これが会社組織であれば、
誰かが嫌になって辞めたとしても、
代わりに仕事をする人は
出てくるでしょう(勿論、そう単純ではない
場合もありますが)。
ショービジネスの場合は、
人の個性そのものが商品ですから、
誰かが似た仕事は出来るかも
知れませんが、全く同じ代わりを
務めるというのは当然不可能です。
もし「逃げたい」「辞めたい」「休みたい」
などと思っても、自分がそうする事で
路頭に迷う人が多数存在する状況では、
そうする事も容易には叶わないという
大いにあり得る事だと思います。
それでも自分の意志を通して
仕事を休止できたとしても、
「あいつの我儘で俺は仕事を失った」
「お前のせいで残された者は大混乱だ」
などという声が挙がる事を考えたら、
繊細な心の持ち主であれば、
とても耐えきれないと思います。
先日、自ら命を絶った俳優さんが、
こういった思いだったのかどうかは、
知る由がありません。
しかし、こうした背景があるのかも
知れないと考えると、
「逃げて欲しかった」
「休めば良かったのに」
といった意見には、素直に頷けない
自分がいます。
仮に自死の原因が仕事にあったとして、
もしも彼が自死を選ばずに、
仕事を辞めていたり、
活動を休止していたりしたら、
彼に対して浴びせられていただろう
言葉は、果たして優しいものばかり
だったのでしょうか。
今は彼を悼む言葉で埋め尽くされて
いますが、そういった言葉を言っている
人でも、もし彼が生きていて、
仕事を辞めていたのだとしたら、
そちらの世界では彼を批判して
いないとは言い切れないと思います。
勿論、自死を肯定する事はできませんし、
どんなに周りに影響があろうが、
どんなに批判を浴びようが、
生きていて欲しかったです。
ただ、人の命が喪われなければ、
深刻さがわからないような事が
最近増えていて、そういう世界と
いうのは悲しいものだと
改めて感じます。
自戒も込めて、優しくない
世の中にはなるべく加担しない
ように生きて行きたいです。