このブログが、アメーバトピックスに掲載されてしまいました。

 

豪快に人生を中失敗(「ちゅうしっぱい」)した、

うだつが上がらないオッサンの黒歴史語りが、

なぜ選ばれてしまったのでしょうか…。

 

しかも、愉快なエピソードを語ろうにも、

そういった出来事を思い出すのも困難な時期の話。

 

昔語りであれば、昨年綴った、二度に亘る通信制大学での顛末を

記録した「通信」や、派遣社員体験記「派遣」辺りなら、

悪い思い出ばかりでもないし、書いてても楽しかったのですが、

その時は取り上げられず、こんなひたすら苦い時期の話が

よもやピックアップされてしまうとは。

 

まあ、言えずに隠してた昏い過去も、

アメブロが無きゃ永遠に昏いままってことで。

 

自分語りや、旅・鉄道の話など、まとまりのないブログですが

アメトピ経由で辿り着いた皆さま、良かったら

過去のブログも見て、嗤ってやってください。

 

更新はする時はしますが、しない時は数か月しないので、

あまり期待はしないでください。

 

 

 

本題に入ります。

 

いくら働いても、何かスキルが身につく訳でもなかった、

登録制バイト。

 

しかし、そこでの体験が、今になって参考になっているという

側面もあります。

 

製本工場の多くは、障害を抱えた方が働いていました。

 

働く人たち同士のトラブルというのも、何度か目にしました。

 

時を経て、福祉業界で働く事になった現在の私は、

就労継続支援などの事業所を見学した事はありますが、

一般就労の場を見るという機会は、なかなか訪れないでしょう。

 

よしんば見学できたとしても、表面的なもので

終わってしまう可能性が高いと思われます。

 

障害を抱えた方が働くという事のリアルを、

至近距離で目の当たりにできた事は、

今の仕事にも大きく役立っています。

 

 

 

さて、1996年4月から続けてきた漆黒の日々も、

1999年に入った頃には、いい加減ピリオドを打ちたいと、

流石に思うようになってきました。

 

具体的には、定職に就くという事を目指したいと考えましたが、

そう思いつつも、ダラダラと抜け出せないまま、

夏を迎えてしまいました。

 

しかし、ある出来事がきっかけで、

正社員にまだなれなくとも、とにかく登録制バイトだけは

早く卒業しようと、真剣に考えるようになったのです。

 

真夏のある日、初めて行く製本工場に、

二日間の約束で派遣されました。

 

冷房もロクに効いていない工場で、

ひたすら積み上げの仕事をするのは、

非常に堪えました。

 

しかも、13時から18時まで、休憩が一切ない職場でした

(昼食時以外の休憩が全くない派遣先も、

たまにありました)。

 

そんなきつい作業も、ようやく終わりが見えてきた頃、

事務員の女性が電話を持ってきて、

派遣元の会社に連絡してと私に言ってきたのです。

 

何のことやらわからず、言われるがまま電話を掛けましたが、

既に派遣元の事務所は終業しているらしく、

通じませんでした。

 

翌日も同じ工場に出向くと、何故か私の名前が、

名簿の中にありません。

 

実は、私が真面目に働いていない、

すなわちサボっていると判断した派遣先が、

二日目の登録を取り消していたのです。

 

派遣先が直接「明日は来ないでくれ」という事は

言ってはいけない規則のようで、

それで昨日電話をするように促されていたのでした。

 

自分としては、蒸し風呂のような工場であったので、

動きが鈍いところもあったかもしれませんが、

流れを止めてしまった事はないですし、

そもそもサボる事は、全体の動きが

停止してしまう事になるので、不可能です。

 

それでも、派遣先が私の動きに不満があったなら、

それは仕方がないのかも知れませんが、

だからといって、現場に行ってみて、

初めて自分が仕事がないという事を知るというのは、

それはひどくないですかと、派遣元に抗議しました。

 

しかし派遣元は、それに対して理解をしてくれるどころか、

こういうような事が重なるようでは、今後バイト登録の

取り消しもあり得ますよと言ってきました。

 

そこで気が付きました。

 

私は、あの工場がいやならこの工場と、

気軽に選り好みして仕事をしてきましたが、

それは派遣元がバイトスタッフに対しても、

同じだという事を。

 

すなわち、派遣元にとっても、

袋小路博士というスタッフに仕事を与えるのが嫌なら、

他に仕事を与える人はいくらでもいるという事です。

 

あなたもそういうシステムに乗っかって

仕事をしているのだから、文句があるなら、

どうぞ他の仕事を探して下さいって

言われたような気がしたのです。

 

その時点で、登録をしてから4年近く経っていましたが、

普通の仕事であれば、それだけの年数をこなしていて、

大きなトラブルもなければ、いくらアルバイトとはいえ、

それなりに信頼されているでしょう。

 

しかし、ただ一度のトラブルで、それも派遣先の言い分だけを

鵜呑みにされて、冷たく登録抹消をちらつかされた事で、

私はようやく目が覚めたのでした。

 

短期間だけ稼ぎたい時には有用な仕事かも知れないけど、

決して長く続けるような仕事ではない。

 

この仕事からの決別を決意したのでした。

 

 

 

これでスパッと辞められればカッコ良かったのですが、

現実稼ぐ必要があるので、実際に辞めるには、

もう少し時間を要しました。

 

10月ごろに、友人の紹介で派遣会社に登録しました。

 

暫くは音沙汰が無かったのですが、

初めて仕事のオファーがあったのは、2000年の1月。

 

3日間の超短期の仕事で、バイクショップの棚卸し作業でした。

 

登録制バイトのいつもの製本工場ラインに入る仕事より、

数段楽な作業だったのにも関わらず、

賃金は比較にならない位上だったのです。

 

登録制バイトは、時給800円で8時間労働というのが基本で、

残業は時給1000円になります。

 

そのため、通常であれば日給は6400円、

2時間残業で、やっと8400円の日給になります。

 

ところがこの超短期のバイクショップの仕事は、

8時間労働残業なしで、ほぼ1万円の日給を頂きました。

 

当初は、派遣会社から次の仕事のオファーが来るまでは、

登録制バイトはまだ続ける予定でいましたが、

この格差を知ってしまうと、もう登録制バイトには、

行く気が失せてしまいました。

 

3日間の楽な作業で得られた賃金と、

5日間のきつい作業で得られた賃金が

ほとんど同じという事に、嫌気が差したのです。

 

そして、間もなく派遣会社から、

今度は長期の仕事のオファーがあり、

登録制バイトはそのまま終了となりました。

 

登録制バイトは、こちらから「明日仕事したい」と

連絡するだけでなく、派遣元の会社から、

「明日の仕事お願いできませんか?」と、

電話が掛かってくる事もあるのですが、

登録自体はこちらから抹消しなかったので、

3月位までは、そのような電話も掛かってきました

(登録を抹消しなかったのは、万が一派遣会社の仕事が

ダメになってしまった時のための保険です)。

 

断ったり、電話に出なかったりを繰り返していると、

4月位には、登録制バイトの会社から連絡が来る事も

無くなりました。

 

 

 

登録制バイトの派遣元の会社は、今でも存在しているようです。

 

まだ登録制バイトで働いていた時に、

「この登録制バイトを辞めると決めた時は、

きちんと『今日で辞める』と心に決めて働く、

『最後の一日』を設定しよう」

と思っていたのですが、結果的にはその

「最後の一日」は行わずじまいでした。

 

20年ぶりに電話を掛け、「明日バイトをしたいんですけど」と言ったら、

果たしてどんな反応が返ってくるのでしょうか。

 

どうせ休日もボーッと過ごしてしまう事が多いのだから、

アルバイトでもした方が有用かも知れません。

 

20年越しの「最後の一日」も行えますしね。

 

でも、20年前でも辛いと思った事もあった作業ですから、

今は体力がついていくかどうか…アセアセ