平成も残すところ、あと2週間と少し。

 

どういう時代だったのかは、人それぞれでしょうが、

私にとっては黒歴史の多い時代だったと言えるでしょう。

 

少年からオッサンに至るまでの、人生の基幹となるはずの

時期でしたが、進学・就職・結婚などといったコースが、

人生の王道とでも呼ぶべきものであるのなら、

そこから道を踏み外してしまった、

そして背を向けられてしまった時期であった気がします。

 

どういった経緯があったのかは、今年に入ってからの

私のブログを参照してください(←手抜き)。

 

 

 

もちろん私とて、最初から道を踏み外していた訳ではありません。

 

それではいつから踏み外してしまったのか、

思い返してみると、それは高校卒業の頃だと断言できます。

 

いや、中学・高校時代も、王道の青春には背を向け、

傍から見れば訳の分からない事ばかりしていたので、

その頃から素地はあったのでしょうが、

履歴書に関わってくるほど道を踏み外したのは、

高校卒業以降であると言えます。

 

大学受験に失敗したのは、ロクに勉強もしていなかったので、

当然の事なのですが、ここで予備校・専門学校・就職という

選択肢ではなく、通信制大学という隠し玉を選択した事が、

王道から外れる決定的な要因となったと思います。

 

当時から、何となく自分は普遍的な人生から

外れていくんだろうなという思いはありました。

 

それを強く感じたのは、卒業式の日…ではなく、

それより一か月以上前の、最終テストが終わった日でした。

 

受験と重なったので、友達とは数日遅れでテストを受け、

それが終わって校舎を出て振り返った時、

何とも言えない寂しさに襲われました。

 

事実上この日で学生生活はほぼ終了し、

翌日からは、卒業式の日まで、

週に一度程度登校日があるのみでした。

 

この時点では、まだ自分の進路は決まっていなかったですが、

今迄みたいな自分の身の置き処はないかも知れないと

予感していたのでした。

 

この日の事は、その後も夢に見るなど、

卒業式と同じ位に印象に残っているのです。

 

 

 

そして実際に、自分の所属している場所が常に曖昧な

立場の日々を送ってしまいました。

 

通信制大学に入った事で、大学生を名乗れはしましたが、

常に大学に通える訳ではありません。

 

もちろん通信制大学の制度が悪いのではなく、

それはそういうものなのだから仕方ありません。

 

通信制大学を卒業した後は、その曖昧な肩書きすら

失ってしまいました。

 

働く事を選択しなかったので、完全な無職です。

 

アルバイトはしましたが、登録制もしくは短期ばかりだったので、

バイトですら、どこかに所属という意識はありませんでした。

 

その後は派遣社員になりましたが、働いている間は

派遣会社の従業員という扱い、契約が終了すれば一旦退職、

仕事を指示するのは派遣先…と、ハケンという仕事は、

所属が曖昧になる最たるものでした。

 

その後再びの通信制大学生活を経て、

現在の職場に何とか正社員として入る事ができました。

 

 

 

高校を卒業したのが平成3年。

 

初めて正社員になったのが平成24年。

 

平成のほとんどを、曖昧な所属の立場で

過ごす事になってしまいました。

 

このため、自分の経歴を正直に話そうとすると、

普遍的な人生ではないので、細かな解説が必要で、

非常に面倒くさいのです。

 

「羽目を外しても構わない。

ただし元に戻れるなら」

とは、かのミック・ジャガーの言葉らしいのですが、

20年以上掛かりながらも、

私はギリギリのところで元に戻れたのかも知れません。

 

よほどのハプニングがない限り、私は現在の会社の

管理職という立場で、令和という時代を迎えるでしょう。

 

しかしながら、まだ「結婚」をするには至っていません。

 

未婚率が上昇する昨今ですが、私の年齢で

結婚していないのは、世間的にはまだまだマイノリティ。

 

平成を未婚のまま飛び越える昭和生まれの事を

「平成ジャンプ」とかネット界隈では呼ぶそうですが、

果たして令和に着地点はあるのでしょうか。

 

着地した時に、ようやく人生の王道に戻ったと

言えるのでしょうが、そういう日は訪れるのかなあ…真顔