国鉄分割民営化・JR発足と共に、
新会社は時刻表を独自に編集して発行する事になり、
こうして60年以上続いた、日本交通公社発行の
公認時刻表の歴史に終止符が打たれました。
交通公社の時刻表1987年3月号と4月号ですが、
3月号の左上にある「国鉄監修」の文字が、
4月号ではありません。
JRグループが編集する時刻表ですが、
時刻表発行のノウハウがある、
弘済出版社から発行される事になりました。
時刻表業界では、交通公社の全くのライバルですが、
元々弘済出版社という会社は、国鉄の職域福祉事業を
目的とした鉄道弘済会が出資した出版社なので、
ルーツは国鉄にあるともいえ、それまでも国鉄が協力した
雑誌や書籍を多く発行していたので、
新しい時刻表が弘済出版社から発行されるのは、
自然な事であるとも言えます。
こうして60年以上前と同じ、公認時刻表の鞍替えが、
再び行われる事となり、形式上は「大時刻表」を
「JR編集時刻表」と改題する事となったのです。
また、サイズは交通公社版と同じ、B5判となりました。
ただ、ここで一つ問題がありました。
時刻表は毎月下旬に発行されるのが慣例です。
この新時刻表第1号が発行されるのは、1987年の3月下旬。
しかし、その時点では、まだ組織は国鉄のままです。
その状態で「JR編集時刻表」を発行するのは
矛盾が生じてしまいます。
そこで、この第1号のみ、「JR編集」ではなく、
「JNR編集時刻表」と名づけられたのです。
JNRとは、国鉄の略称です。
新時刻表の第1号である事に加え、
最後の国鉄編集時刻表である事から、
発行直後は売り切れが続出したそうです。
翌月からは予定通り「JR編集時刻表」となり、
さらに1年後には「JR時刻表」と改題して今日に至ります。
ちなみにJTB時刻表が通巻1000号となりましたが、
こちらも前身から数えて、7月号は通巻555号という
ぞろ目の記念号となる予定です。ジャパ~ン![]()
交通公社の時刻表も、その後現在の名称である
「JTB時刻表」となりました。
オフィシャルと老舗の両誌が並び立つ恰好になった事で、
JTBが海外空路や高速バスを充実させれば、
JRもそれに追随したり、さらにJRは、
JR本文2色刷りを実現したり、
活版印刷から電算写植化に移行させたり
(JTBでは既に昭和50年代前半から行われていた)と、
両誌ともに誌面が活性化したのは、
利用者にとって良い事だと思います。
ただ、書店で両社合同で「時刻表フェア」みたいのを
時折やっていたり、現在鉄道博物館で開催中の
「時刻表展」では、JTBパブリッシング・交通新聞社共に
協賛するなど、憎きライバルではなく、
戦友という意識なのでしょうね。
そんな時刻表業界も、出版不況の波には
抗えないようで。
次回はそんな話です![]()


