陰陽、男女、どちらが良いというのはない、お互いにとってが魔である。

それは陰陽の力を生み出すとも言えるが、それが独占欲になれば、外道の愛となり、憎しみ、嫉妬という魔に落ちてゆく、この世は差別、分けとりでエネルギーが巡っている世界。

お互いに魔ならば、相手も自分も裁かなくていい、この世の苦とはまさに差である。

神示の相手も殺さず、自分も殺さずというのがこれなら少しは腑に落ちる。

言葉が良くないかも知れないが、栄枯枯渇、同じ場所にずっと留まる事など出来ない、時節の神の中で常に変化は続く、永遠に。

数霊の3はイザナミ
数霊の5はスサノオ

3.5は変化だ。

自然や動物には良くなろうとか、所有しようとかいう我はない、天雷矛妄、ただあるがまま、

i.m 今ここに私があるだけ。

これが分かっただけでもこの世界に
来た甲斐はあった。

自分は差別の法則から目覚めたのだ。