光國がどこかで手を合わせる時にいつも言ってた言葉。
『ずっとパパといれますようにお願いします。ママから守ってね。お願いします。』
これはみっちゃんのお願いを言うんだよって教えてから、光國の意思で言い出した事。
歩けるようになってから『のんのん行く』よく言って来た光國を思い出す。
自分を中心にして円を描くように死んだものも生きてるのものも上でも下でも無く『全てを敬う』仏教の考え方をいつ光國に教えれるかなって楽しみだった。
社の研ぎ澄まされた空気や鳥の囀り、清廉な雰囲気が光國も好きだったんだろう。
光國と行った社は数え切れない程あるけど、千葉にいる時に毎日行ってた社でのんのんの後に神社から真っ直ぐ抜ける細道があり、ここを抜けると高台に出る。
ここに二人で座ってお話しするのが1年前の今頃は光國の大好きな一時だった。
光國の意思で宮崎に帰ってからは朝の準備が終われば、仏壇に手を合わせて、パパのじいじとばあばにお願いする。
それから外に出て、みいにご飯をあげた後、氏神様に走って行くのが光國のリズムだった。
https://youtube.com/shorts/5xAvm-GyEWs?feature=share
光國はのんのん用のトミカの財布もあって、大吉だったおみくじやおみくじに付いてた御守りを入れたり、いつもばあばがお賽銭の小銭を補充してくれてた。
そして光國は賽銭を入れる時に必ず3個入れる。
『パパとばあばとみっちゃんの』って。
去年の今頃には言い出してたから近くに居ない人の事まで考えれる光國の優しさが嬉しかった。
ずっと虐待親から守って貰うことをお願いして来た光國は神様なんて居ないと思ってるかも知れない。
信じる事をバカバカしく思ってるかも知れない。
笑顔しかなかった光國が大好きなもの全てに裏切られたと思ってるかもしれない。
自分はどうなってもいい。光國の意思や心を守ってください。光國の大切なものを何一つ取り上げられたくないパパはずっとそう願って手を合わせて来た。
だから神様あんまりだろ!って怒った。
それでも毎日、光國の事を想いながらあちらこちらで手を合わせてる。
今日もたくさんの目が光國を守ってくれますように。
お願いします。