横断歩道を渡る人たち

横断歩道を渡る人たち

"DO NOT SQUANDER TIME THAT I THE STUFF LIFE IS MADE OF."

僕が誰だか分かっても、このブログに書いてあることについては触れないでください。

Amebaでブログを始めよう!







人に迷惑をかけないように生きるとか





人に心配をさせないように生きるとか





人を悲しませないように生きるとか





そこには自分は認めていないのか。








人間、他者がいてこそ生と死が存在する。





他者がいなければ生まれたことにはならないし、





死んだことにもならない。





人はコミュニティーのなかでしか存在できない。





しかし、自分を抑制、抑圧して他者のことのみを考えろという訳ではない。





自分が存在しなければ、他者も存在しないのだ。





もちろん、他人がどう思おうと自分が人を殺したくなったから殺した。





というような人道に反することは言うまでもないが、





自分のやりたいことに対して、





不快に思う人が出るかもしれないからやらないというような、





自分の意志よりも他人の意思を先行するなどというのは愚行だ。





人が生きる意味などとうの昔に消失した。





人とはこうあるべきというヒューマニズムは崩壊した。





そこで、自己欺瞞を犯し、他者という波に乗る。





他者に流される。みんながやってるから自分もそうする。





などといった、自らをだまし、自らの意思をねじ曲げようとする風潮が蔓延した。





人々は意思というものを持っているはずなのである。





他者という存在が、自身を覆い隠そうとしているのに気づきながら、





欺瞞からそれに気づこうとしない。





目を背けているのである。





他者を蔑ろにしろとは言わないが、





もっと自分の欲求に素直になるべきではないだろうか。





自分を見つけることは、苦しいことである。





苦しみを遠ざけるために他者にすがりついていては、





それこそ、意味など到底見つかるはずもない。





己が道を行くことが、他者の存在を確かめることにもなり得るだろう。











心配をかける。分かっている。分かっていても意思を貫く。
基準は人それぞれちがうが、一般的に予測はたてられる。
そんな漠然とした者にとらわれない方がいい。
あくまで一般的。
その”一般的”でさえ種々雑多。


らちがあかない。