11月3日、複数の方々がBE:FIRSTのデビュー1周年お祝い広告を出すみたいでとてもたのしみです。

ほんとにBE:FIRSTまつりになっちゃいそうですね。



BESTYでない知人とか数人に今回の件の話をしたら、「広告出すの?1人で??」と驚かれました。

参加希望者に「わたしもやろうと思ったけど…」という方もいたり、気持ちはあるけど自分で企画するまでは…という方は一定数いそうです。


応援広告を出すのは私も初めてなので完全に手探りです。この試みが、責任者1人の小規模な企画でも、ここまでのことができます!という参考事例になればいいな、と思ってすすめています。


とはいえ、たぶんこういうことって、いくらかの適性はあるとは思います。

わたしはASD※からくるものなのか、人から見ると恐れるものがないような言動をすることがあるようです。


思ったことはそのまま口にしてしまいがちだし、興味の対象に対してだけは尋常でない情熱と集中力を発揮します。

「わたしなんかが…」「無名なのに…」みたいなフレーズは、経験上知っていて使うことはありますが実際にはあまり気になりません。


ダメでもともとくらいの勢いで「遠慮なく」突き進みがちです。それが人から見ると不遜で図々しいととられることもあります。そのあたりは理解しつつ、変えようがないこと(変える必要がないことも)あるので、傷つくこともありますが馬鹿正直に生きています。


ゆえにぼっちはいつものことなので、「一人で何かをする」ことに抵抗がありません。未知のことに対する不安はあるのですが、異なる分野でこういう事例が過去にもあったため、わりとすんなり手を挙げることができました。


心の本音では省エネで生きたいナマケモノな気持ちもあるので、どうでもいいことや優先順位の低いことは、誰かがやってくれるならそこにのって流されたいです。

その反面興味のあることには積極的にアイデアを出していきたくて、挑めばやれそう、手を挙げる人がなかなかいない時に「じゃーやる!」となるのです。


一度誰かがやってみて道筋ができたら、次からは他の人もチャレンジしやすくなります。

わたしの当たり前が他の人にはそうでないこともあるので、誰でも同じように行動できるわけではありませんが、友達おらへんぼっちでも、このくらいことはできるんやで!という今後のたたき台にしてほしいです。


【想い出話】


10数年前、ある分野でイベントを主催したことがありました。個人事業主を対象とした小規模な展示会です。

やや閉鎖的な業界で、名もない一個人と企業がやりとりなんて…みたいな空気もありました。学びや情報収集の場がほしいという声があったし同感だったので「やってみた!やったらできた!」みたいな感じでした。


会社勤めの経験もなくまともな企画書が何なのかわからぬまま、問い合わせ先を見つけた関連企業に手紙とメールを送り直談判していきましたw

その噂が伝わり、諸先輩方が告知をしてくださったり、参加や協賛を申し出てくださる企業も現れ「やればできる」経験のひとつとなりました。

わたし自身は実力も常識も足りずその後たくさんの失敗をしましたが、アホの投じた一石がきっかけとなり、小規模展示会や勉強会はこの業界のスタンダードとなったので、チャレンジして良かったです。


そういう謎のパイオニア精神があるため、本来なら未知のことや想定外のことにはパニックを起こしやすいはずなのに、「好きだから」「楽しいから」という愛のエネルギーが溢れていると不安より推進力が増すみたいです。

 

ふだんは「ごく当たり前」のこともできず人のサポートがないと生活に支障があるようなダメダメなわたしですが、興味のあることや得意分野では人の100倍くらい頑張れます。(当社比)

普通のことはできなくても、人より秀でた得意なこともあります。

それが「たまたま」か用意されてきたことか分かりませんが、奇跡的にマッチするケースがあり、今回は「ぼっちが広告出すってよ」となったわけです。


家庭環境も複雑でハンデもあるため、過去には色々拗らせすぎて死にかけたり死のうとしたり紆余曲折あったけれど、そういう過程もあってこその今なので、結果よかったなぁと心から思えます。

生きてるのが辛かった頃のわたしに、「絶対大丈夫だから生きてろ」と今のこの場所から愛を叫び続ける日々です。


推しという元気や希望をくれる存在もとても大きな支えになったので、応援広告も嬉々として取り組んでいます。

この辺りはまた別記事としてお話しします。


こんな人もいるんだよ、ということです。


ご縁あってか、同じようなハンデを持つ方やそんなお子さんを持つ親御さんのお話を伺う機会も多く、コミュ障のくせに交流をしていくことがライフワークのひとつとなっています。矛盾しかないけど面白い日々です。

何か好きなこと得意なことで、力を発揮できると人生たのしいよね。


一時期「あなたは先生になる存在だ」というのを繰り返し繰り返し言われて、自分のことで精一杯なのになんだよそれ!意味わからんわと思っていました。


先生というのは文字通り「先に生きる」ことだと捉えれば、自分の生き様や足跡を残すことが、後に続く人の助けや励みになるこもありえるなと、勝手に腑に落ちました。そういう意味では、わたしはたしかに先生でもありますね。


そんなたのしい体験の記録を、ここに残していきます。


※ASD

ADHD、ADD、アスペルガー症候群などを含む発達障害の総称(と思っていただきたい)。ASDというと一般的にはアスペとして分類されていますが、症状や傾向は千差万別で全ての傾向を持つケースもあり(わたしです)、明確な診断も非常に困難です。

「平均的」な生き方が難しい極端な性質をもった人のこと、というのがシンプルな表現かな。