「黙祷。ありがとうございました。」
日直の掛け声に続き、クラスメイトが声を揃えて「ありがとございました。」男子校ゆえに野太い声が教室に響き渡る。
40人1クラス。それぞれ個性的で、普段は各々自由に行動しているのに終業の挨拶と体育祭の時だけは一致団結する。始業の挨拶は教科書と一緒に家から眠気を持ってくる者がいるので揃うことはない。私もそのひとりである。
挨拶を終えて我先にと男臭い教室を飛び出す。
校門を潜ると制服姿に綺麗で長い黒い髪を後ろでひとつに縛った彼女が待っていた。今日は金曜日、彼女の学校は6限で終わり私は7限まであるため毎週金曜日は学校の前で待ってくれている。毎週必ずである。ハチ公くらい忠実に待ってくれている。
「お疲れ様。一緒に帰ろ。」
この一言を聞くために私はこの5日間学校に通った。この一言で平日の疲れは全て浄化される。
なんてことはない。
校門の前で彼女が待ってくれているなんて天と地がひっくり返ってもあり得ない。男子校に通う私に待っているのはそれはそれは寂しい帰り道である。うさぎであれば今ごろどうにかなっている。
しかし、そんな私にも唯一の救いがある。
毎週月曜日の朝、決まった時間の決まった号車に現れる他校の女の子。お人形のように整った顔に茶色の綺麗な髪。他の曜日には現れず月曜日にしか姿を見せないミステリアスな部分にも惹かれていた。
声をかけるなんておこがましい。ただ一目拝むことが出来ればいい。その一瞬だけで1週間なんでも頑張ることができる。燃費の良さはハイブリッド車以上である。
であるから、月曜の朝だけは遅刻することは許されない。普段はどれだけきちんと仕事をしても嫌われてしまう目覚まし時計も月曜日に限っては感謝しても仕切れない。いつもはノールックで叩いてアラームを止めるが、月曜日だけはよくやってくれたと頭を撫でるようにそっと止める。
会話するわけではないのにいつもより入念に歯を磨き、遠くから一目拝むだけなのにいつもより入念にシャワーを浴びる。こうして完璧な状態で私はいつもの電車に乗り込む。
月曜日には小テストがあり、そこで悪い点数を取ってしまうと放課後に補習がある。他の曜日であれば電車の中で必死に勉強するが、月曜日だけは途中の駅で乗り込んでくるあの子に集中しなければいけない。頭の中をXとYに支配される訳にはいかない。あの子さえ拝むことが出来れば私の放課後の2時間や3時間なんて安いものだ。
決戦は金曜日ではない。決戦は月曜日、彼女が乗り込んでくるその一瞬である。