我がオールデイズの先生が珍しくライブを頼まれて

出演というのでこれは応援に行かなきゃと

町屋教室6人でいきました 場所は

明治神宮のすぐ近くラドンナというミュージック

レストラン久しぶりの垢抜けた町並のなか

ちょっと細い道を入ったところにありました

我々がやる赤坂のグラフティーよりしゃれた感じ

出演者も若い女の子と先生 女の子は

お金をとるにしては?とゆうかんじでしたが

まあ勉強なんでしょう

さすが先生はおーるオールデイ私達にはいい勉強

ほとんどがあちこちの生徒さんで一部二部と

花束が抱えきれないほど あんなにもらったら

私なんか嬉しさに卒倒しそう さすが先生12・3曲

歌うのでいつもの教えるときと違い

声をセイブしてるのかそのためまたムードがあり

いつもきれいで若いのになお素敵でした

何と最後のアンコールになんだと思ったら

東京ブギウギでした いいのりの中お開き

帰途に着きました


昔読んだ本に石川達三の青春の蹉跌というのが

ありました 若者が自分の希望に向かって

いくけども途中で挫折するというストーリーでした


最近私はハンドベルのテレビを見て あ!これ

やりたいと 早速調べて御茶ノ水の音楽学院に

見学に行きました

その日は生徒さんも少なく3人でロンドンデリー

のレッスンこれならできるかなと素晴らしい音色に

先生にお話しロートルですがよろしくと

入会しました


さて初回白い手袋をもらい初めてなので1個だけ

ベルを右手に譜をおいかけてイントロのところは

どうやらできました 大丈夫かなと心配は

ありましたけど 無事に過ぎ

2回目 譜が難しくなりちゃんと音符など習った

ことのない私 必死でみんなの後を追いかけ

そのうちどこだかわからなくなりごまかしました


そのうち何しろ1時間半立ちっぱなし 前日

谷津遊園に行った疲れ?と精神的なもの?が

入り混じったんでしょう冷や汗が出て気持悪く

なってしまい少し教室の外で休ませてもらいました


私も浅はか 来てる生徒さんはみな譜が読めそう

音楽 ピアノでもやってらっしゃる方ばかりかなと

気ずきました

みんなの足を引っ張るのもいやだし 先生も

私のとこへ来ていろいろ教えてくださるのも

気がひけるしと悔しいけどストレスにもなりそうだし

私のように初心者だけで1クラスやさしいのから

少しずつ譜も勉強してというならがんばれたと

思います 残念ですがあきらめました


友人に2回で挫折したと話したらその年でぜんぜん

新しいものにすぐやってみようという意欲が

素晴らしいと 慰めてくれました

だってやり遂げたんなら素晴らしいけどね

老春の挫折でしたあ~・・・


先日 招待券をもらい北島三郎をみにいって

きました 券を買ってだったらいかなかったで

しょうが もらうものはなんでも?

よく新宿こま劇場で毎年1ヶ月ぐらいやってたの

ですがこの切符はもらったことなく今度は

五反田ユーポートコマよりはるかにきれいでしたが

こまのように回り舞台がないので床を50せんち

ぐらいあげて回り舞台を作ったとか。

だしものは番随院長兵衛 これはまあまあ

やはり歌です 別にファンではないですが1度は

聞きたいと思っていました


74歳とかで声は通るし 元気満々舞台にたつ

人は皆そうでしょうがお客を楽しませるという点で

ぴか一かなと それにまず感じたことはお金が

かかってるなあと 本人もいってました

お金はかかってるとそれはいやみに聞こえません

でした総勢137人毎年出る人も多くさすが大御所

例年のことらしく北島丸最後のお祭りと

あきさせない演出に目を見張りました

目黒佑樹 星ゆり子 白木実(37年北島の舞台に

出てるそうです(76歳))

会場には男性が多く こんなに男性が多いのは

なんでかなとカラオケで歌う歌が多いからかしらと

自分流に納得。

この迫力ある舞台を1ヶ月続けるということは

すごいと改めて歌手の体力維持の大切さを感じる

舞台でした

よく大御所という言葉をマスコミで使いますが

彼こそその人と思い(日本の中で)帰途に

着きました 

久しぶりのブログです

マックが相変わらず土日をのぞいてかいてるのに

脱帽ですが こう蒸し暑くなると ついおっくうになり

あけてもなかなか書く気にならずごぶさた。

それにこのごろの気候のせいか出かけると疲れる

そんなわけでこんなブログは何の意味もないけど

たまにはと思い書きました

結構出歩き いろいろコンサートなど行ってるの

ですが まとめて書く気がしないという不精癖が

じゃましてます

あまりの疲れに行きつけの先生に疲れ止め?の

注射をしてもらい、そうすると元気が出るのです

ちょっと風邪気味ではあったけれど。

明日は楽しいオールデイズのレッスン今日は

ゆっくり休んで張り切ります


我がハイツ町屋に6・7年前に越してきたシアトル

うまれのGさん 年は60日本語ぺらぺら翻訳の

仕事をしています

ビール大好きこのごろのように陽気がいいと

庭のテーブルで読書?というか皆そこで

引っかかっておしゃべりをするのです

大抵ビールが水代わり飲めない私は買ってきた

ヤクルトとかジュースでGさんのおつまみを

つまんだりして英語でおしゃべりします

というのは嘘やはり母国語で。 

髪は真っ白おなかもメタボ外国暮らし(諸外国)が

多かったので話もいろいろお子さんも多くジムさん

港港に女アリだからあちこちにお子さんが

いるのね笑います

この間大統領の話になりブッシュさんは9・11事件

知ってたという話になり知らなかった私は

びっくりしました 

町屋も大好きでこの下町がいいといってます 

人種は変われど人情はかわらず

冗談も通じるしたまにわからない英語を教わったり

してます ウン十年前には一般の人が外人と話す

なんて考えられなかった社会日本も変わったものです

新聞を見ると悪く変わってることも多いですが。

少しでもよく変わってほしいです


昨日は(また書きますけど)マージャン大会(4人)

10時からはじまりどうしたわけか私がつきまくり

午前中で今までにない高得点でした

やっていてよい牌はくるしつもるし

気持ちよくロン!になるし なんなんでしょうこの

つきはと不思議でした

大体みなどんぐりの背比べ(何と日本語は面白い言葉があるのでしょう)

いつもみなぽちぽちなのです

でもこの前もメンバーの一人がやはりこのつきに

はまり 最高でした

このときの気持ちはほんとにつきとしか言いようが

ありません

英語でつきというのは調べたらなんとLUcKでした

Luck was with meというのを覚えました

10時から10時まで仕事じゃできないといいながら

楽しくやってます でもやはり夜になると言葉も

すくなくなりみな疲れを感じ6.7年前2時頃までの

スタミナはありません

でも最近は呆け防止でマージャン層はふえてるそうです

われわれみたいな熟女に。

先日8回の友人宅に行ったとき帰り際髄分木が

おおきくなったなあと 廊下のはしで葉が手に

届きそうになったのをみていたら急にからすが

わたしの頭めがけて羽根を広げとんできました

とっさのことでぱっと手すりのところでしゃがんだら

あごを手すりにガアンとぶつけしばらくあざに

なってました家で2時間ぐらい冷やしたのですが。

ちょうどカラスは巣をつくり 子育てだったのです

ほかにも襲われた人がいて そんな話が

出たんでしょう

しばらくしたラスはきれいに取り払われていました

かわいそうに必死に針金で巣ずくりをしてたのに。

動物嫌いで怖い人もいるでしょうが

生きて子育てしているのをみてわたしはそれを

捨ててとはいえません

世の中千差万別 なんともいえませんが

もう少し生き物に優しくなれないものかと。

私の周りはみな動物好きなので悲しい気持ちに

なりました




昨日仲の良い友人家族がついこの間ロンドンから

帰ってきたのに今度はニューヨークへ転勤

ハイツ町屋をこよなく愛しやっともう落ち着けると

喜んでいたのにまたです

でもまだ若くご主人は通信社につとめているので

しかたがありません

それで我が家でお別れパーテー20歳の娘さんは

学校のため単身生活 かわいい子で我が家の

ピーちゃん達とも私よりコミニケイションンがうまく

指で遊んでいました

ロンドンから帰ったときも何が食べたいといったら

もんじゃ焼き(笑っちゃうでしょ)というのでやったら

美味しい美味しいと 今度ももんじゃがいいと

いうのでおすしとモンジャという取り合わせで

たらふくいただきました

家族3人共もんじゃが好きで家中今日ももんじゃの

匂いがただよってます

お別れパーテーにもんじゃやきなんてお友達が

多くても初めてでしょといって笑いました

やはり町屋ムードです今度も4年ぐらいというので

帰ってきたら我が家は古民家 迎える夫婦も

古民族 せいぜい身体を鍛えて? 80歳には

見えないように がんばろうと思います

その前のぜひニューヨークに来てというので

いければいいなあと思いつつ。


桜もすっかり散り つつじと緑が美しくなりました

気候もよくなりうれしいのですが友人のニュースは

悲しいものが多くつくずくそういう年齢かなあと

感じさせられます

長年の友人 陶芸の先生をしていた(現役)友が

脳梗塞で倒れ もう半身不随家へかえるのは

絶望的と妹から電話 きたか!という思いです

同年齢の友人は70代半ば もう周りの整理をして

おかねばいけないという話が出る度わたしは

この家の中のごちゃごちゃどうしようと思います

子供のいない我が夫婦 覚悟はと思いながら

いつもうやむやにしている私です

前にどこかうろ覚えですが 子供のいない夫婦が

2人とも死んだ場合 その家は区に寄付して

そのかわり後始末はしてくれる県か町がある?

とかいうはなしをききましたので

以前荒川区の区会議員と話し合ったときその事

いったらあらそうですか知らなかった今度検討

しましょうという話でしたが。

まあ春からこんな話 したくないんですが。


昨日友人のお母さん(100歳)を見舞ってきました

脳出血で倒れ1週間になりますが2・3日前から

いくらかものが食べられるようになったとのこと

17・8歳ごろからの知り合い 年をとってからは

あまりお会いしませんでした

20年ぶり位にあったお母さんはやはり100歳の

面代わり第一印象は普段お会いしたら

わからなかったでしょう でもそれは当たり前

私達だって年々変わるんですもの。

そして昔の私の名前を(梅木さんよ)といったら

何回か低い声で繰り返しおぼえているかしらねと

友人といってたら 小さい声で名前の後懐かしい

といったのです 思わず涙が出てしまいました

若い人なら今は管で出血ををとりのぞき

後はリハビリでなをるそうですが先生もあまり

積極的にはすすめず 友人もしてくださいとは

言わなかったと 私も自分自身がなったら

やってほしくないです 

話してる間中結構わかってるみたいでラーメンが

食べたいと言ってました長生きするのがいいのか

悪いのかこればかりは天命と思うしかありません

ちょっぴりショックな1日でした