欽ちゃんてなんてすばらしい人なんでしょう

もともと好きな人でしたが あの人の 生き方考え方

次郎さんのときもそうだったけど 暖かい 頭の良い

毅然と対処して行く遣り方 


今度のことでも 遣った本人 周りの人 それをみた一般の

人に 人間の生き方の 本当のことを 知らされたと思うのです

簡単に芸能人だから許される 若いから許される 


あやまれば簡単に許されるという 甘い考えを 

すぱっと切って 正しいことの意味を知らしめた

ということで ほんとの教育をテレビでしてくれた

欽ちゃんに 勲章をあげたいくらいです


やわらかい語り口の中で彼の高度の人間性を感じた

事件でした

買ったまま(読まないでつんどいた)安く買ったジェンキンスさんの 

告白読みだしたら止まらなくなり もう少しで終わりなんですが

ほんになんとなんと 北のお国は 困ったもの。


自分たちの自由の全然ない国 そのうえ食料もなく餓死するひとが

毎日出てる もし私が 拉致されたら 

すぐ頭がおかしくなっちゃうんじゃないか

(すごいデリケートなので・・・)


もし強靭な心の持ち主だったとしても (黙っていられない性格)

ですぐ密告されるでしょうし 普通の人達どんなでしょう


ジェンキンスさん 生き延びるため 地獄の毎日だったけど

ひとみさんと結婚してお子さんができて ずいぶん生きる力が出たようです


こんな国が だだをこねて 世界中を困らせてる

今の私には 日本に生まれてよかった としかいえない


でもこれからどうなるかわからないわね 

ただただ世界の平和を祈るのみ    


しばらくぶりに開通

またおしゃべりbみがもどってきましたよろしく

フィレンツエ での滞在もすくなくなり 待望のズービン指揮の

オペラ (ファル スタッフ) をみにいきました


1番前のど真ん中5人 指揮する ズービンとの間は約1メートル半

背中を見ながら オペラを楽しみました


友人など 指揮台に上がって 聴衆に挨拶 したとき思わず

お辞儀をしてしまったと大笑い。


ストーリーとしては我々素人にはなじみの薄い オペラでしたが

その次の日リハーサルを見て聞いた 未完成のほうが

印象に残りました。


幕間 控え室に行くというので ちょっと緊張

ズービン の ヒストリー 写真集 を買ったわたしはもって行った

ところ 笑顔 と握手までしてくれ サインには名前まで書いてくれ

もっと厳しい 人かと 思っていたのが さすが 尚美(友人の娘)の長い

ファンである賜物 と わたしも少しファンになろうかしらなんて

思ったほどです。


でもいつもそのコンサートがらみで行くので そのくらいあたりまえかななどと

いっぱしファン気取り? ちょっと良い気持ちの 1日でした



イタリー その後

フィレンツエでの6日間はのんびりしたようでけっこう

忙しい毎日 シエナ サンジミニャーノ(猫がいつぱいそうな地名)


コンサート フィレンツエに住んでる 友人の娘の友人宅訪問

と ブランド品 買いまくり町歩きと 日本人の 典型?


私はどうしても フェラガモ の靴をほしいといったら

皆わたしは ヴィトンのお財布  グッチの お財布 プラダ

のバッグ と言い出し 買い物した後 袋を持って歩いた 姿は

はずかしいものがありました


貧しかった日本人の 今になって あれも欲しいこれも欲しいという

気持ちの表れと せめてこの時ぐらいという 可哀想な

気持ちよねと自分達のこの行動を 許したかったのでしょう。


ショッピングは女の楽しみというか趣味というか そのあとも

安いバーゲンがあると 行って 買い捲り

日本のバーゲンよりはるかに安く 格好が良いのです

その為に又行きたいくらいです


そして あくる日 例によって ズービン メーター指揮のオペラを

見に行ったとき それは起こったのです

ダビデ像


有名な広場で人 人 人 真ん中の少し小さいけど

ダビデの像は男の人でどこをとっても美しい

と言われる彫刻  そうなのかしらねえ と感心

イタリーについておもしろいことを言った友人がいました

イタリヤ人というと底抜けに明るく いつも大声で

歌を歌っているような 先入観がありますが

あまり笑顔がないというのです


ほんと実感しました 日本人のように お客様

に対しても ニコニコするような人はいませんでした

日本の接客態度は やたらにこにこしすぎ?

そんな考えを持ちました。


マアお国柄それぞれ 相手に良い感じを与えると言う

ことだから 悪くはないんじゃないかと ・・・・・・


それにしても 朝食つきのホテルだったので パン ハム 

チーズ コーヒーの美味しいこと 去年の

フランス ウイーンでも感じたので

此れはきっと 土壌 気候 製法 の違い (毎日よく歩くせいも多少)


があるんじゃないかと わたしなりに 解釈

又来年も身体を鍛えていかなくちゃあ  。

ドオウモの洗礼堂

ドウモの洗礼堂 ロマネスク模様が素晴らしい

ヨーロッパ旅行の続編  ウイーン は割愛します(前回書いたので)

ウイーンから空路ローマへ  ローマからユーロスターで フィレンツエへ。


その車中 6人がけの席にただひとり (多分ドイツ人?) 私たちの

荷物を全部棚に上げてくれ 窓際にぽつんと 困ったような感じでしたが

ついに 1時間ぐらいしたら荷物はそのまま 他の席に移っていきました


これが若い娘ばかりだったら? と大笑い。

食べたり飲んだりしている間に 3時間ぐらいの所要時間が

途中水が出て迂回 1時間ぐらい 遅れフィレンツエに到着


そこは オオソレミヨオと歌いだしたくなるような太陽

早速荷を解いて 近所を散策に出かけました


歩いて5分ぐらいの所にマーケット (滞在中毎日行きました)

そこでもうイタリア男に声を掛けられ (マックどう?)

返事をしながら 買い物 その日は9時ごろ眠りにつきました


(注) イタリア男は私たちが日本人と見て(ちょっと待って!)

と日本語で言うのです お土産を買ってもらうために

あちこちで (ちょっと待って) 私たちも毎日のことなので


しまいには ちょっと待てなあい なんていいながら歩きました

年は取りたくないもの 声を掛けられたのはそういう

ときだけ イタリヤ男は目があるんだかないんだか あ~あ

残念ながら そこだけ写真がなく 失敗です

前は1年おきにやっていたクラス会 幹事のまとめ役のような2人

が身体を壊し 3年ぶりと思っていた のが4ねんぶりだったので

25人集まり 先生も来られて 盛会でした


4年の間に3人亡くなり(あまり出てこない人でしたが)やはり

年月の流れがますます速くなったのを感じ これからは毎年

と決まりました


信州のクラス会は 2時ごろから始まり みなそれぞれ自家製のおかき

ならずけ 梅 と 遠い人は名産品を買ってきたり


テーブル2つにいっぱい 私はこれも楽しみなのです

帰りは 色々もらってきたりして 東京組みは少ないので

帰りのバッグはお土産買わなくてもパンパン


これからもぜったいくるぞと 固く心に誓いました


男性のほうが あちこち 悪い人が多く 比較的女性のほうが

皆元気 それだけ女性より厳しく生きてきたのでしょうか

呑み助が 多いのもその原因だと思います


いいおじんとおばんが 00ちゃん 00やん と昔に変わらず

楽しいときを過ごして 私など1度もお風呂にはいらず

皆にあきれられたしだいです


疎開で信州を楽しく過ごした 元乙女