こんばんは。陽気な主宰です。
米沢牛当たっちゃいました。
なぜ僕が米沢牛を手に入れることが出来たのか・・・
続きは⇒http://ameblo.jp/fakeda-ryo/
とまぁ、自分のブログの宣伝もしたところで、表題の件に。
Bメロとは一体どのようにして生まれたのか?それを今から皆さんにお伝えします。
この画像に主宰はいません。
この画像にも主宰はいません。
なんとこの画像にも主宰はいません。
そうです。大体いないんです。僕。
かと言って常にいないわけじゃないんですが、何故か写真におさまる機会が少ない!笑
そんなこんなな主宰が始めた「Bメロのサムライ」。
ファーストシングルだけでは飽き足らず、セカンドも打っちゃいます。
そのうちにアルバムも出すでしょう。
普段は会社員(しかも相当忙しい分類の)をしている主宰がどうしてセカンドを打てるのでしょう。
それは簡単。仲間のみんなのおかげです。
思い返せば、ファースト本番までは僕しか劇団員いなかったんですよ。Bメロ。
本気でやりたかったからこそ、中々誘いにくくて。
そんな気持ちを察したのか、為光と川内はいつの間にか入ってくれてました。
で、ファースト終わってBOSS(萌子)が加入し。
トライアングルに強力な杭が打ち込まれ・・・
りょうすけ、ゆみ、さきちゃん、ゆうちゃんが加入。
もうすぐ新たなメンバーも。
以前、僕の自己紹介でも触れたかとは思いますが、
ヒストリーを紹介しましょう。
※明大中野演劇部(中学)
川内、為光はここで出会う。この時僕はラグビー部。
※明大中野演劇部(高校)
ここで僕が加入。めちゃくちゃにする(笑)
高校3年の時「縄文ファイター」を上演。名前だけ少し話題になる。
で、先輩が所属していた活劇工房の芝居を3人で観に行く。
※劇団活劇工房(大学)
みんなと出会う。(大雑把、笑)
2年の時、為光とユニットFRATを結成。
「縄文ファイター」を再演。
思えばFRATがBメロの前身」だったような気も。
コンセプトは当時とほぼ変わってませんし。
社会人になってあきらめてた芝居やりたいって気持ちを形にしてくれたのは
間違いなくみんなのおかげ。
セカンドシングルが動き出したのはみんなと、見に来てくれたお客様のおかげ。
まぁそんなこんなでBメロのサムライは出来たのです。
で合ってるよね?笑



