3月11日の東北地方太平洋沖地震の5日後、3月16日に私の養子先の母が亡くなりました。
昨年12月からガンという病で入退院を繰り返していました。
震災前からだいぶ体は弱弱しくなっていましたが、震災後に母は病院の病室から車イスで運ばれ
何時間もの間、冷たい体育館の中で非難していたということもあり、最後の体力を奪われてしまったようです。
私も、建設業の会社に勤務ということもありこの状況でもお見舞いに行くことができませんでした。
震災前には、亡くなる16日に家族揃ってお見舞いに行くはずでしたが、
状況が状況もありガソリンもない事態でお見舞いを先送りしていました。
16日は朝6時からガソリンスタンドに並んでいると、家族から携帯に連絡が。
「母が危篤状態らしい。すぐに来れる?来るだけのガソリンはあるか?」と
病院へ行く分もガソリンがないので、「入れたらすぐに行く」と伝え、スタンドが開くのを待つ。
スタンドが開店し、次々と車がスタンドへなだれ込んでいき、もうすぐ自分の番というところへ来た時また携帯が鳴った。
「今、亡くなりました。」と。
行きのガソリンだけでも入っていれば・・・。
20ℓ制限の20リットルのガソリンを入れ家へ戻り、これから実家へ帰る訳ですが、
いつ戻ってこれるかも判らない為に、急遽数日分の着替えと貴重品・葬式の用意をし実家へ向かいました。
その日からすでに親戚中が実家へ集まり、これからの事や葬儀の準備に追われ、
悲しんでいる間もないくらいに、とても忙しかった。
それでも物資と燃料の少ない中、家族と親せきが協力しあいなんとか無事に式をすませることができました。
母とは養子の関係上、実の親子関係ではありませんでいたので、
お互いに気を使ってしまい、なかなか親孝行も出来ずにた私。
しかし母は、今思うと地震の大嫌いな彼女が今まで体験したことのないような震災が起こり、
家族と親戚が協力をしあい、お互いに頑張りなさいと最後の力で教えてくれたのかな!?
と思っています。
これからは父を大事にまもりますから安心して下さい。
いつまでも下を向いてもいられないので、元気な姿を見せていきますよ!
あいかわらず仕事は磯あしいですが、元気な人は元気らしく行こうじゃないか!
これからも計画停電の実施されない日に少しずつですが更新していきます。