不自由の中の自由 | Blue rose

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趣味の雑文を書き散らしております

 俺がそのブログに夢中になったのは、単純に面白かったからだ。それは山田祐介という、生年月日がKAT-TUNの上田竜也とおなじで、身長が一六四センチだという男の詩だった。カテゴリは詩になっていたが、どう読んでも日記にしか見えないので、結構「こんなの詩じゃない」などとコメントされていたが、レスも入れないでひたすら更新されていた。
 次男坊で、成績も悪くて、ついでにイケメンとは程遠く、それでもずいぶんな若さで結婚して、ちゅうかデキコンして、娘が生まれたあとに離婚した。旋盤も熔接の仕事も好きな俺のようなヤツをガテン系というらしい。わりとベテランになり、若い子達、主に中国人とブラジル人の仲間が増えて、俺より安い給料で働いていたのを理不尽だと思っていた。しかし、コンピュータ制御でなんでも出来るようになると、ラインの組み立てさえ人間が必要とならなくなり、あっという間に俺の仕事はなくなった。リストラされるかと思った。多少パソコンが使えるくらいで居座れるとは思わなかったが、運の良いことに残った。身分証明に工員と書くのが会社員になっただけだが、まあガテン系の何でも屋だろう。
 これまた俺に似たアホーの娘が、家から離れて自活すると、水道、電気、ワンルームマンションの賃貸、VISAカード、ケータイの使用料まで俺の口座から引き落とされている。なんだこりゃ、ケータイなんかなくても生きていけるだろう、ばかやろう、とどなったら、娘に絶縁された……お金に卑しい人は嫌いって……どっちが卑しいんだ、とほほ状態で、それでも借家はボロだが安いし、雑草と石ころの駐車場は無料で、窓の外には山奥線、電車が通るたびに部屋が揺れるが、とりあえず雨露しのげてありがたい。

 一度、こんな暮らしはいやだと、有り金はたいて山岳地帯の格安別荘を買い、人のいない所で自給自足してやる、と思い詰めた。ふるさと山奥山荘の柳沢社長のホームページを見て、メールを出し、四百八十万円の中古別荘を買おうとした。ところが社長の言うには、地元と上手く行かずに逃げてきた人には売らない、地元の人に頭を下げて、自分の家に雪が無くても、よその家の雪かきはしてもらう。通学路も掃除して貰う。村民のために働かないのは人間失格だ。

 ちょっと待て、雪かきぐらいいくらでもやるが、別荘を買うのは、煩わしい人間関係から逃れてホッとしたい人間だろう。大体、通学路なんか親が掃除しろ。俺はやったぞ、転勤するたびに、かならず新参者に役が回ってくるので、雪かきも、草刈りも、ドブ掃除も、超熱いコンクリートの上でプール当番もした。地元の組費を払って、広報を配って、足りなかったり余分だったり、その度に市役所の広報課へ行くと、その書類は福祉課、その書類は健康センター、たらい回しになりながら、揃えて配ったぞ。所得税も市県民税も区費も組費も自治会費も支払って、娘はよそ者だと虐められて、通学路の田圃のなかを走って助けに行ったぞ!

 俺の実家は陸の孤島で、親父が死んだとき、葬式でこき使われた妻はノイローゼになって離婚した。葬式も、班だの組だの両隣だの、うるさいやつらがあーだこーだと俺の女房に指図して、大昔、嫁に行った親父の姉が口を出し、右往左往の大騒ぎで、彼女は苦しみぬいて出ていったのだ。今でも胸に響くよ。あなたはわたしを守ってくれない、ってさ。

 反論のつもりでそれを柳沢社長に言うと、結婚して嫁ぎ先に頼っているのに上手く行かない、自立出来ないダメ女、とぬかしやがった。あほんだら!蔦子はいい女だったんだ。俺が守ってやれなかったんだ。守りたくても出来ないほどに、因習に凝り固まった村だったんだ。

 柳沢のやろうはこうも言った。人間は一人では生きていけない。人と上手くやれないのは社会不適合者だ。たった十七万ぽっちの仲介料で面倒を持ち込まれたくない。

 なんだ結局金じゃないか。卑しいヤツだ。テメエなんかからものを買うのはゴメンだ、十円だっていらねえ!言い捨てると俺は、となりの県、そのとなりの県、と、格安別荘を探した。何が何でも自由に暮らしてやる。独立自治区を手に入れるのだ。だが格安には格安の理由がある。  町の中なら、私道しかなく、私道使用料が高くて暮らせなかったり、山奥すぎて冬場は、五キロ先のごみ収集場へ歩いていく途中で遭難する。結露が出て屋根が腐る。団塊の世代が買い求めた別荘がすでに高齢化しているので、その分の草刈りを一キロはやる義務がある。地元とつきあいがないので、ごみ収集にも汲み取りにも来てくれない。市県民税を払っているのに、行政のサービスを受けられないのか……。

 というわけで、俺は会社に居残ることにした。とりあえず社宅の前に、ゴミ置き場もあるしな。駅も近いし、駐車場もタダ。幸せだったんだな、俺。会社に守られてのほほーんと生きてきた。
 のほほん会社のパソコンで仕事のフリをしてネットでブログを読み始めたのは、それから少したった頃だ。あまりおなじサイトにばかりアクセスするので、LANで繋がっているホストコンピュータにキャッシュが残り、上司に叱られ、インターネットを使用禁止にされた。

 それでも俺は、仕事用のノートパソコンをケータイと繋いで、そのサイトを読み続けた。山田祐介は年上の女のヒモで、家事を全部女のためにやっているらしい。女のために、羽付夜用ナプキンを買いに行った、と書いたところで、コメント欄に、女の子の秘密を暴かれたくないとか、男のくせに生理用品まで買いに行くのかとか、とろくしゃあでいかんわ、と思うコメントが書き込まれていた。あほぬかせ、スーパーへ行ってみろ、ダンナがスーパーのカゴに生理用品、おりものシートだの、食料品の上に盛り上げて、レジに並んどるのはフツーだぞ?

 俺は、インターネットの世界でも俺の生まれた村のように閉鎖的なのが窮屈になった。赤不浄も、村八分もある、戦国時代に、武田勝頼の騎馬隊と戦った、織田方の村だぞ。八墓村より山奥だぞ、あほーあほーあほー。しかも次男だから、家の財産も貰えんかわりに仕送りはする。旧家というだけでクソ貧乏な家なのだ。親にたかられ、子供にたかられ、外国産の安い品物に押されて、のほほん会社での暮らしも危ういというのに、生理用品くらい男が買ってもいいだろうっつか、山田祐介、立派じゃないか。

 だがある日、そのブログは突然消えた。山田祐介は彼女に振られたらしい。ヘタクソな詩の最後にこうあった。

数ヶ月かけて本を読んだ/彼女の思考をたどりながら/少しだけわかったよ/彼女は寂しかったんだ/僕が居たのに/本の世界を僅かに知った/それだけで以前の僕とはまるで違った/人が知らないたくさんのことの一部を/知ってしまっただけで/僕は宇宙人になった/いや、そうじゃない/人はみんな宇宙人の孤独と共に歩いている/気づくかそうでないかの違いで/読書の夜半/星の天幕よ、僕とイズミちゃんを包んで/ふたり おなじ空にくるまれていたいんだ/ほんとうは僕がイズミちゃんを包み込みたかった/彼女のためでなく、僕にそれが必要で/何度 二十三夜を過ごしたのか/洗面所で、僕が買ってきた羽付ナイト用ナプキンの/残りを見つけた/もう自転車で届けることもできない/月の満ち欠けにも喩えられる/女性のいのちの鼓動/温もりの余韻

 俺はこれを読んで泣いた。山田祐介は、宇宙人になったという。俺もだ。インターネットの幻が急に自分と近しい存在になり、ダメモトで彼にメールを出した。意外にも返事が来た。会いたいという。住んでいる場所も割と近い。どうするつもりもなく、ただ会ってみたくて、山奥線の高架で待ち合わせることにした。メールには詩の内容と同じ、大須で買った、迷彩色のカーゴパンツと上げ底ブーツ、化繊の縮緬でロン毛を結んでいるという。いったいどういう趣味なんだ……  神無月の黄昏にそれらしきシルエット。いた。駆け寄って、舌ももつれさせながら自己紹介し、それから山田祐介の顔を見た。……女の子?みたいな男だと書いていたが、いや確かに女の子、いや、上田竜也とおなじ年齢なら、女性だろう。

 宇宙人が俺を操るんだ。彼女の肩を両腕で包んで、言葉を紡いでいた。もう、離さないから。
 ……さようなら、イズミちゃん。ありがとう。

 

*2006年前後に書きました。

 

YOU YOUR YOUsuke

 

説明は無粋だからやめろ、と文学サイトでは言われたんですけれども、ここは文学のブログではないし、補足は必要と思います。この掌編は、上記のユースケから生まれた、うーん、イマドキな言い方は「スピンオフ」かな(かなり違う

 

以前は本当に「粋」にこだわっていました。「○○のホームページ」ではなく「菜は食い残せ!」だったし、詩とかポエムではなく「試作詩風」「鏡花水月」なども使ったし、随筆は、「炬燵水練」だったり「外題学問」だったり。とりあえず、自分についての説明はしない。でも、説明なしだとわからないヒトが続出で、四字熟語がわからないヒト、ことわざが癇に障るヒト、そういうクレームばかり掲示板に書かれていました。素人の書き物サイトをクリックしていただけるだけで感謝しよう、と思うことにしていました。

 

正直むかついたw

掲示板にも名前つけていました。でもやっぱり、どこに書いたら良いのかわからない的な空気になるので、もうわかりやすく懇切丁寧に・・・「亜空間花」は造語ですよ~ね?「粋」はムリでしょ、電脳世界。

 

メリークリスマスイブ???

私の書き物を「書き物」として読んでくださった、げっちょむさんに・・・

そして私のサイトをいつも気にかけてくださった皆様に・・・

感謝の気持ちが電波になって届きますように。