先週末は中学校の運動会に行った。
娘の中学の陸上部には、高校時代に俺がやっていた種目で全国大会の上位になった選手がいるので、彼が走る姿を見るのを楽しみにしていた。
その選手は高校時代の俺のタイムとほとんど変わらないので、俺としては自分が最も身体が動いていた時に、どんな速さで走っていたかを確認してみようという魂胆だった。
んで、実際に見てみて思ったのは
・まあ、見慣れたスピードじゃん。
・あんなに動けたんだなあ……
この相反するようなことを感じた。
全国上位とはいえ中学生だし、高校時代にはそれよりも速いスピードを見てきているし、実際、自分が走れたスピードなので、その意味では驚きなかった。
(どの種目でもブッちぎりだったけど、全力では走っていないはず。普通の靴で、一周200m弱の土のグラウンドのコーナーを全力で走るはずはないから)
しかし、今あんな動きができるかといえば到底無理だし、よくもまあ、あんなスピードで走れてたもんだと、自分に対して感心した。
もう自分の記憶の中にある「イメージ」どおりに身体が動かないことは、十年以上前から十分認識しているが、ここまでかけ離れると、以前感じていたような違和感はない。
「俺はあの子と同じタイムで走れてたよ」
といっても、子供たちは信じようとせず、そのことに納得する自分がいる。
これが「老い」だ。
娘の徒競走も見たが、初めて1着になるのを見た気がした。
膝が悪いくせに、そんなにマジメに走らなくても……