題は「戦乱」です。
いました。
いました。
首だけの私が、安らかに眠っていました。
それは当然です。
だって未練がないから。
だけど、そんな私にも、一つだけ悔いがありました。
私が想っている人が、殺されたのです。
それを訴えたかった。
いいえ、訴えたところまではいったのです。
しかしそれからがだめでした。
私も殺されました。
反逆罪だそうです。
私も彼女も、ただ…幸せになりたかっただけなのに。明日に向かって生きていただけなのに。
どうしてこんなことになったのでしょう。
平和のために、愛のために生きてはいけないのでしょうか。
武士は刀一本で道を開きます。私には武器がありませんでした。愛しかなかったのです。
だからなにも出来なかった。大切な人を愛だけで守ることなど出来なかった。
私はなんのために生きてきたのでしょうか。
首だけになった名もなき村人は、胴体も、過去も、愛しい人も、幸せも、夢も、希望も失って、どこかに置いてきてしまいました。
叶うのなら、拾ってきたいです。全て。
でも、それはもう過ぎた願い。
私は、私は…
──もう一度彼女と、幸せな日々を送りたい。
笑って、泣いて、怒って…彼女はとても忙しい人でした。
私はそんな彼女を愛していた。
あの日、彼女は罪を擦(なす)り付けられました。
私のために、私の誕生日の贈り物を買うために出掛けたことが原因でした。私はそのことを知りませんでした。
ただ平凡で変わらぬ日常を、無表情で過ごしていました。
そんな私に、一本の知らせが来ます。
『お前んとこのお市が、人殺しの濡れ衣着せられて極刑!死刑だって!』
一瞬なにが起こったのか解らず、開いた目と口が動きませんでした。
それから正気を取り戻した時、私の足の回転最大で、走っていました。
無惨に横たわる愛しい人は、私のために用意した贈り物、彼女とお揃いの湯飲みを、キツく固く、抱き締めていました。
今にも目を開けて動き出しそうなほど美しい遺体でした。鮮明に記憶されています。
そして地には大量の彼女の血が。
涙が止まりませんでした。
彼女の骸を抱き締めて、私は泣き叫びました。
「世の中は不公平で、不条理で理不尽で、つまらなくて、苦しいだけだ!」
と。
周りの人は、そんな私の肩を、叩いてはくれませんでした。背中を擦(さす)ってもくれませんでした。
私はただ、「この先いいことある。」、「また恋をすればいいだろう。」そう言って欲しかっただけなのです。
そんな私の願いは、儚く散りました。
だから私は、もっと泣きました。彼女の骸も、泣いていました。
それから私は家に帰りました。
彼女の血で、服と手は真っ赤になりました。
綺麗だけど、残酷な色でした。
私の生きる意味を消していくように、手や服にこびり付いた血を洗い流しました。
そして役人に訴えました。
しかし私の心の声は、彼らの耳には、些(いささ)かも届きませんでした。
私は呆気なく死にました。
彼女の無念を晴らすことが出来ませんでした。
哀しく、悲惨な末路でした。
私には私が見える。
つまり、精神と肉体が離れてしまっている。
首が乗っています。小さな板に。
胴体のない私。
愛しい人をなくした私。
大切なものを失った私。
嗚呼…
──それでも夜は明けるのですね。
私や、彼女の分まで、明日を生きてくれる人々のために。
首だけになった私と、無惨な死に方をした彼女の想いを乗せた太陽が、今日も、明日も、この地球(ほし)が果てるまで──
──何度も何度も、昇り続けるのですね。