全部自動で起きていると知ると
この場所にいることも
仕事が嫌だなーと思うことも
努力して行うことも
私がやっている
と、思っていたけど
自動でやっているそれに
「私」という名前をつけている
ということになります
じゃぁ、誰がやっているのか
それを
「本当のわたし」と言ったり
「誰も何もしていない」と言ったり
いろいろな言い方をするのだと思います
だから、混乱も起きるのですが
ただ、自動で起きている動きに
翻弄されているとも言えるし
翻弄されなくてもいいと知っていれば
それを面白がることになっていくかもしれません
ゲームから降りるというのは
どうにもできないものを
自分の力でどうにかしようとすること
本当は起きていないことを
さも起きているかのようにして
それに対して努力するということを
ゲームのようだ。と言っていたり
ゲームの中のキャラ=自分だと思っていることを
ゲームと同じと言っているので
ゲームが終わる(人生が変わる)のではなく
その自作自演に気づいているかどうか
ということを言っているので
辛いことも、悲しいことも
なくなるわけではないし
仕事も役割も思考もそのままで
『ただ、そうだ』
ということを受け入れられるようになる
ということが起こってくるかなと思います
段階的に起こるかはわかりませんが
非二元の世界(私はなく、わたしはすべてだった)
という感じもだんだんわかってきたりします
それを魂の進化とか、次元上昇とか
そういう劇的な言い方をすることも
あるかもしれませんが
それは想像よりは、劇的ではなく
静かに、ただ受け入れるだけなので
なんというか、
思ったより普通のことかなと思います
ただそれが素晴らしく、喜びだった
楽なことだった、完璧だったと
思い出すことにもなるかもしれません