2025年大晦日。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
ここでは、高次元のインスピレーションを
綴ることを主にしているのだけど、
顔も名前もあまり出さずに
発信しつづけているわたしが、
リアルな実存と説得力を持たせるために
時々、生身の自分らしさを
表現するようにしています。
なので、今日はできるだけ
等身大の言葉で。
いまの気持ちを綴ろうと思います。
2025年は、とにかく、
たくさん、たくさん、
たくさん、たくさん傷ついた
年でした。
負というカテゴリーに分類される
感情を、
たくさん、たくさん味わった年。
そのなかでも、
主に感じた感情は
大きく分けて2つあると思うのですが、
そのうちのひとつは
“怒り”
だったと思います。
言葉に表すと、
“許せない”
と、思う気持ち。
“ゆるす” という概念や
愛の大きさを
途方もなく感じた1年でもありました。
いつかは、ゆるす時が来る。
けれど、その事実を受け容れることを
いまはまだ“ゆるせない”
と思う気持ち。
“怒りは悲しみの二次感情”
と言われますが、
怒りと悲しみのあいだを
何度も何度も行き来した
そんな日々だったと思います。
そんな中で、あらためて気付いた
大切な原点がありました。
ひとつは、
“喜怒哀楽のすべての感情を愛すること”
これが、生きるということ。
命に心を宿して生きることだと思い、
活動を始めたのでした。
そして、もうひとつは、
“30代は、自分のために生きる”
と決めていたこと。
もう、自分を後回しにしない。
自分の心を置き去りにしない。
理想をあきらめない。
夢をあきらめない。
そう決めたからこその、
今があるのだと
思い出しました。
自分の人生が
不本意だったなんて、
これっぽっちも思っていません。
きっと、その時々で
自分が欲しいと思ったもの
手に入れたいと思ったこと
不器用でも純粋に、手にしてきたのだと
思います。
それはきっと、だれのどんな人生でも
同じだと思います。
そして、その中には。
“自分をねじ曲げてでも
手に入れたかった
大きな幸せ”
も、あったはず。
だれのどの人生にも、
自分自身に還るための
壮大な人生のシナリオが
用意されているからです。
だって、わたしたち。
そのために、人間として
生まれてきたんだもの。


2025年は、
前半と後半でも
流れの変化を感じた1年だったなあと
思います。
もちろんそれは、
わたし自身が意図したことでも
ありました。
お陰さまで、2025年の後半は
前半よりもさらに、
逞しくなれたんじゃないかと思います。
そして、ここからまた
2026年。

2026年は、特に
最初の3ヶ月は、
色々と見直し、整える期間に
しようと思っています。
特に、この1年でかなり
気力も体力も出し切ったので
からだづくりも見直しつつ
しっかりとエネルギーチャージできる
3ヶ月にしたい。
春頃には、またエネルギー満タンで
動き出せる状態に
していきたいな。
もちろん、すべてをストップ
するのではなく、
動かせる部分は動かしつつ。
年内に、発信していきたいと
思っていたこと
まだまだあるし、
これからまたあらたに生まれてくるものも
たくさんあると思うので、
あせらず折を見ながら
再チャレンジしていきたいです。
自分でもこうして発信を
続けていることが
不思議に思う瞬間がありますが、
わたしにとって、発信を止めることは
呼吸を止めることに
近い感覚なのだと思います。
魂として生き続けるために
大切で必要な
生命維持活動。
・・・なんて言いつつ
すぐにまた呼吸を乱し
リズムを乱したくなる自分も
目に見えているのですが(笑)
できるだけそこは
ぐっとこらえて、
今自分がすべきことを
淡々と積み上げていきたいです。
(お願い、わたし、頑張って。笑)
やりきれなかった自分に
ダメ出ししたい気持ちも、
期待をかけたい気持ちも、
いったん、脇に置いて。
まずは、リセット&リスタート。
まっさらなじぶんで
2026年をスタートしよう。
伝えたいことの
“核”は変わらないけど、
纏うエネルギーが変化していく。
いま、そういう自分が
求められている気がするから。

