何かをやらかすと、

天然?と言われることがある。

もちろん子供の頃から30代の今もずっと。


天然ボケとか、そういうんじゃない別に…と、

ちょっと不快…まではいかないけど、そんなに良い気はしていなかった。


わたしの中でよくあるプチ事件(プチパニック)の上位に、「電車を間違える」というものがある。


例えば1駅乗り過ごすことは日常茶飯事で、

何駅も乗り過ごすことも。

その場合は、なんならどこで降りるのかさえ忘れてしまい、さらには今が行きなのか帰りなのかまで忘れてしまう。

電車の中で、内心パニックになり、よく考えて思い出す。


こう書くと、さすがにそんなことあるわけないでしょう、話盛りすぎ!くらいに思うのに、

実際は自分が頻繁にやっていることである。


また、行き先が逆の電車に乗ることもあり、どちらに乗るか考える前にその時にホームに来た電車に乗ってしまうこともある。

特別特急券みたいなものが必要な、見た目が明らかに違うやつに乗ってしまったこともある。


その為、例えば人と会う約束などをしている時には遅刻しないように細心の注意をはらうため、ものすごく疲れてしまう。


気楽な関係の人と会う時は気が緩んでしまい、100発90中くらいで電車を間違えて遅刻してしまう。


もちろんひとり行動の時なんて、気がゆるんで余計に1時間くらいかかってしまうこともよくある。

帰り道に何度も電車を間違えてなかなか帰れないこともある。


これを天然かと言われたらやっぱり違うと思っていて、

これはADHDの注意欠陥が出ているということなのだと、最近診断されたから、妙に納得した。



そういうことだったのかー!と。


定型発達の人が、どのくらいの工夫や努力で電車を間違えないように気をつけているものなのか、よくわからない。

ものすっごい気をつけてるの?それとも自然なの?

それですっごく疲れたりは、やっぱりしないものなの?



最近診断されてから、本当にいろんなことがADHDやASDによるものなのかもと思い、改めて納得している。


子供のころ先生に、

「仕方ないって諦めないで努力しなさい」と言われて、ちゃんと出来るように頑張らなきゃ!と思っていたけど、それも確かに大切だと思うけど。


少し、ゆるめて、仕方ないよ…ってしたら、少しはラクになって、「消えたい」なんて思わなくなるかもしれないなって。



だから、最近のわたしは、頑張りつつも、アホなことをしてしまったら、それはそれで自分で慰めている。


そんな昨日は、目的の駅かと思って降りたら景色が全く違って、ホームに立ってキョロキョロキョロキョロ左右に首を振りながら景色を確認し、

「………あ!駅間違えた!」とようやく気がついた。


その時の映像を撮っていたら、間違いなく挙動不審な変な人だったことでしょう。



そこで思った。


注意欠陥の要素が高いと言われた心療内科の先生のセリフを。


なるほど!!本当だ!と。



わたしは、診断されて良かったなと思っている。