難解な映画と小説 | モンタギュー家の執務室

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ロミジュリから礼真琴をひたすら崇めている星担。地方民なので配信多め。
宝塚とエンタメ全般について綴ります。

今週末に映画『アストロイド・シティ』を観ました。
これは久しぶりに感想を書きたくなるくらい面白かった!
事前にレビューチェックすると、映画通でも難解で面白さが伝わらなく寝たエピソード満載で先が思いやられたのですが、映像が良さそうだし、豪華キャストだし、なんとなく惹かれて鑑賞したら全然退屈することなく楽しめました。


1950年代のアメリカのテレビ番組でアストロイドシティという舞台のドキュメンタリーが放送される。

ドキュメンタリーを紹介するTVスタジオ、アストロイドシティのメイキング、その劇中劇、という入れ子構造。


TVやドキュメンタリーはモノクロで、劇中劇は舞台なのにカラーで映画のように作り込んだ映像。


そして何故か、リアルな筈のドキュメンタリーの方が俳優の演技がドラマチックで、劇中劇の俳優たちは無表情で淡々とした台詞回し。


それなのに、時々俳優が芝居の枠から外れて素で会話し出すから、なんともややこしい反面、とても斬新で映画と舞台のリアルやフィクションについて思いを馳せながらストーリーを見守りました。


ストーリーはSF要素もあり、過去の名作映画のオマージュもありそうですが、ここで詳しく書いても仕方なく、とにかく監督の表現方法を味わう作品かな。


劇中劇は、左から右へゆっくり水平に動くカメラワークが、美しい映像美も相まって、ファッション誌を捲るような感覚に陥りました。

様々なキャラクターたちの断片的な会話など、説明的なシーンを敢えて省いた構成で、とにかく劇中劇の描かれ方が、実際にそこで起こっているような演出でとても不思議。


持論ですが、映画ってどれだけリアルに迫れるかが評価を左右するものだと思っていて、それが人間の心理だったり、社会描写だったり、映像表現だったりは、その世界観に依るところですが、何もかも切り取って編集してしまうのは監督の胸三寸なのですよね。


そして、演劇は照明もマイクもあるし、セットなど作り物感ありありで、見る側もお約束として捉える部分が多いけれど、そこで芝居をしている役者はリアルな存在で、幕が開けたら演出家は直接手出しはできない。ある意味ドキュメンタリーでもある。

全てを監督が仕切る映画が野球なら、演劇はラグビーみたいなものかな。


きっとこの監督は、リアルとフィクションに独自の拘りがあって、そこに面白味を見出せる人ならハマれる映画になっているような気がしました。


話変わって、年末に観劇予定の『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹の原作小説を読んでるのですが、三巻の内二巻まで読了したところで、配役が気になり公式をチェックしたら、主役ではないもののキーになりそうな加納マルタと加納クレタという不思議な能力を持つ姉妹、この二役を音くり寿が一人で演じるそうで、これって凄くないか⁈


主人公の二面性を成河と渡辺大和を二人で演じ(Wキャストではない)ヒロインは門脇麦、悪役の綿谷ノボルはWキャスト。

なのに、音くりちゃんは重要な二役を一人で演じるなんて、しかも共演者は演技派だし、オーディションがあったのかどうか知らないけれど、やっぱり実力者なのねー。


小説は難解というか、いつもの春樹でメタファーは全然分かりませんが、文章だけは平易でスラスラ読めて面白い。

成河さんや門脇麦ちゃんの向こうを張って、宝塚きっての実力派娘役でならした音くりちゃんのお芝居を心ゆくまで楽しみたいです。

本当に期待しかない!