14年前の今日
急すぎる死だった祖母
交通事故だったが、綺麗なお顔だった。
今でも込み上げる想い。
最後に会った時は、あまり話せなく、
ただ私は不貞腐れて寝ていたから。
この想いは、手放さず
人間のリレーとして
ちゃんと感じて生きようと思った
(最初は辛すぎてどうにかなってしまうんじゃないかと思い、波動を知って手放していたけど、どう受け止めて何を手放すのかがわからなくなり
迷路に入ってしまったので、そのあとは受け止めることにした)
おばあちゃんがいたから
生きてこられた時期はたくさんあった。
万物は
個などもともとは存在せず
全てが一緒
全体を感じれば、それが真実だと思う自分と
家族というものにフォーカスすると
気持ちが入って
「もう一度会いたい」と思う自分
ここに全てが存在することは
知っているのに…ね。
何にでもアクティブは祖母
(祖母は当時では大変だったろうシングルマザーで、働き者で、退職後は様々な趣味に大忙し。旅行も好きで、"この人、めちゃくちゃ楽しく生きているな"と子供心にも感じ続けた")
その今では架空の存在が
私の中では
何月をかけ、磨きをかけて
もっともっとより最高な祖母になり
私の相談役となっている。
(おばあちゃんだったら喜ぶな♡とか)
今のお店も、おばあちゃんのおかげさま
今日はただ、ただ、ただ感謝の波動を出しまくる