バイトしてて、時々とんでもなくやりきれない気持ちになるのは、何万円稼いでも食費以外に自分への投資がリアルにゼロ円なのだからだろうと思う。
もういいよ移動費は。電車もバスも、みんなすごいの分かったから安くして!
全然違う場所までの定期二枚とか有り得ない。
三枚にすらなり得るし。うちを起点に信じられない範囲を、山手線みたいにグルグル回れるぜ。
シューシポスの神話ってのがあるけど、自分がそれなんじゃないかと、ついつい勘違いしてしまう。
もっと過酷で、人生愉しむ余裕もなくて、でも必死こいて頑張ってる人が世の中にはゴマンといるはずなのに、弱っちい人間だぜまったく。
まぁ、「世界には食べるものもなくて死んでいる人もいるのに!」って言って、食べ残しや好き嫌いを批判するような頭おかしい考え方に対して、「じゃあこの残った食べ物全部やるからお前これ今からそいつに届けてこいよ」って言ってた古くからの友達いて、それを聞いたときに自分がすごく共感したのを、今もよく覚えてる。
まぁ、俺はめったなことがない限り、ご飯粒一つ残さないけど。
なにはともあれ、21にもなって中学時代よりも経済力のない現状を、なんとかして打破したいもんで、今日例の新しいバイト先のちっとも仲良くもない人が、「先週のレンタン(?)で20万勝ちましたよ」みたいなことを言っていて、どうやら「競馬で100円の馬券が2000倍に化けた」ということらしく、周りの人から羨望の眼差しを浴びていたわけだが、一人の新人から白眼視されていたのは言うまでもない。
俺がもし店長だったら
「そっかー、すごい儲かったんだね、じゃあもう来なくて良いね。おつかれ。」
くらいしか良いようがないよね。
川野さんが、「国際法それ自体が正しくない」と仮定して本当の意味での法を考えるみたいな授業があるって言ってたけど、「働いたらお金もらう」っていうことも、それ自体は、今現在、たまたま主流になってるっていうだけのシステムに過ぎないわけで。
シューシポスは罰としてやらされたけれど、この世界という輪廻転生のパーフェクトサークルに居続ける見返りとして、一体なにを享受することが出来るのならば、僕は永遠に幸せを感じることが出来るんだろう?
「永遠だったら飽きるよ」
「ですよね」
二年くらい前から言っている、夢のDTM生活にもいい加減諦めがついてきた。
二年経ってもヘッドフォン一つ揃ってないのに、DTM関心があるというのは、もはや事実上嘘である。
物欲が失せると、同時に生きる気力が失せる自分にびっくりだよ。
そしてがっかりだよ。
でもまぁ、お金が心に豊かさをもたらすことは、疑いようのない事実であるわけだけれども、世界バリバリバリューに出てるような、身を粉にして働いてやっとの思いで頂上まで上り詰めた人達っていうのは、どうしてああも易々と、”物欲や所有欲や支配欲の奴隷”という最下層の人間に成り下がってしまうんだろう?
頂上なんてないのにな、みんな飛び降り自殺志願者か。
「これが売れなかったら解散しまーす」
って企画モノみたいな気分でやってるバンドみたいな。
野猿かあんたらは。
売れなかったってだけで辞められるような人に、音楽やってもらいたくないね。
だったら初めからやんなきゃ良いのに。
「お前本気でバンドで飯食ってく気あんのか?」
って
お前それだと”飯食うことに”本気って意味になるけど大丈夫?
本気で間違った方向に進んでる人ってそもそも本気を間違ってるわけで、そこに本気なんて見当たらない。
てゆうか本気ってなんだよ。
そういや俺、音楽に本気出すって、約束したんだった。
…守れるかな。
人間、守りに入ったら負けだよ。