台風がきたね、もうどっかに行っちまったみたいだけど。
今日は友達に勧められたので学校で『snatch』 を観けど、それ以外ほぼ何もしていないな。
ファック、俺。
ブラッドピットが出でる作品を見るのは、個人的にはファイトクラブかエドウィンのCM以来だったような気がするけど、自分から志願しての出演だけあってか生き生きとしとったなぁ。
スーパー要約すると、色んな国籍、人種、職業の連中がでかいダイヤを取り合うって内容なんだけど、正直一回観ただけじゃなかなか作品の面白さは理解できないと思うな。(まぁ芸術家からすれば、どの作品だって何度も観てもらいたいだろうし、映画なんて信じられないくらい大きな企画な場合が多いから、特にそうだろうけど。)
その複数の人間が、同時進行で勝手に動き回って、最後に全員が交わるような独特の作りを愉しむもんだろうと思うから、登場人物を素早く把握しておく必要があるんだ。
だから結構丁寧に人物紹介してくれるんだけど―俺があほなせいもある―なかなか誰が誰だか覚えられなくて一回だけでは「ふ~ん…」みたいな感じに留まってしまった。
たぶんこれが全員日本の役者ならそんなことはないと思うんだけどね。
正直いまだに西洋人みんな同じに見えるって感覚の抜け切らなさがすごいんだと思う。
お母さんが、自分の好きな音楽を「全部同じじゃん」と評価してくれるのと同じなのはなんだか残念よね。
まぁ人間なんでも慣れだから。慣れないものなんて苦痛くらいで、他人から見ればどんなに異常なことでも、何度も繰り返してればその人間にとっては当たり前になり得るわけで。げに恐ろしい。
最初にこの上なくクソだと思った曲でも、何回も聞いてればだんだん慣れてきて、それが普通になって…、二度と客観的には聞けなくなっちゃうし。
ただバソプオブ知見先生の「織田プラネタリウム」 みたいな新しい曲が、試聴する限り、前のアルバムに入ってた「ギルド」とかいう曲とまるで同じなんだけど、こういうのをやる人たちの感覚ってどうなってんだろ?
雰囲気が似てるとかなら分かるけど、メロディーがコピペみたいになっちゃってる場合とかって、採譜したら言い逃れできないわけじゃない。
「聴きすぎて慣れた」とかの範疇を超えてるよなぁ…。
