早朝、爆弾が落ちたのかと思う位の衝撃とともに、“自分は死ぬかもしれない!”という恐怖を味わった15年前。
阪神淡路大震災
当時、伊丹の短大に通っていたわたし。
一人暮らしをしていた。
ド近眼!のため、地震でグチャグチャになった部屋で、まず眼鏡を探した。
見つからないのと気が動転していたのとで、何故か布団叩きを持ってベランダに出たのを思い出す。
何が起こっているのか?
停電しているので、情報がない。
まだ電話が通じていて、地元の友人が『大丈夫!?』とかけてきてくれて、地震が起きたことを知った。
何日かして、友人と避難所へボランティアに行った。
友人は看護師だったため“救護班”
わたしはパンや水を配ったりしていたっけ。。。
救護班で働く友人がカッコよく見え、わたしは短大を中退して、働きながら看護学校へ入学した。
なので、“カッコいいから”が看護師になった理由である...((((((^_^;)
あの地震は怖かった。
数時間の間に、死亡者の数が増え、心臓がバクバクしながらテレビを見ていたのを思い出す。
大変な事態だったが、わたしにとってはあの日が人生の転機。
そして今のわたしがいる。
もし友人とボランティアに行っていなければ、わたしは看護師にならなかったかもしれない。
きっかけや転機は、いつどこにあるか分からないものだな、、、と毎年思うのが1月17日。
あの日のことは、きっと、おばあちゃんになっても忘れない。
震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。