わたしの父。
昭和20年生まれ 64歳。
製薬会社の営業から、ドラッグストアの営業をし、ずっと営業に携わってきた父。
会社の定年は60歳だが、内向的で人の好き嫌いがハッキリしている扱いにくい社長に代わり、社交的な父は日本全国&海外を飛び回り、何処へ行っても“はまちゃん”と呼んでもらえ、あちこちに友達ができた(笑)
そんなわけで、営業力に長けてた父は定年後も雇ってもらっていた。
しかしながら、ここ数年会社が経営不振となり、誰をリストラするか‥ということで、当然父の様な定年前後の社員がピックアップされ‥。
父は6/15をもって、退職の日を迎える。
父は子供好きだが、仕事が忙しく、父に育ててもらったという記憶はあまりない。
それよりも、帰宅したらだいたいイライラピリピリしていたし、大好きな広島カープが負けた日にゃ、さらに輪をかけて機嫌が悪かったので、父の顔色をうかがいながら生活していたように思う。
仕事一筋だったから、趣味もない。
高校も働きながら通っていた父。
働き続けて40年。
でも、もう出勤しなくていいのだ。
父は、毎日何をするのだろう。
GWに親戚が集まってカラオケをしていたが、父が『孫』という歌をうたった。
はっきりとした歌詞は忘れてしまったが、こんなフレーズがあった。
仕事ばかりで家庭をかえりみなかった
だからその償いに孫を可愛がる のだと。
まさに、今の父やなぁ。
全国各地を飛び回っていた父だが、10年以上前から病気を患っており、医者もどうしてよいか分からん状態になったが、父は、せめてなーさんが小学校入学するのは見たい!!と、気力で病気を跳ね除け、現在に至る。
最近では、なーさんの小学校入学は見れそうだけど、うーさんの入学までは生きてないだろうなぁ‥‥というのが口癖。
何言ってんの!それじゃ~うーさんがかわいそうじゃん! とわたしは父を怒るんだけど。
ありがたいことに、うちは両親が健在で。
なーさんは、「なーさんにはおじいちゃんが2人、おばあちゃんも2人おるもん♪」と喜んでいる。
これは本当に幸せなこと。
当たり前だけど、わたしや孫より先に両親は逝ってしまうわけで、それがいつかは分からん。
それは仕方のないことで、せめて最期は立ち会いたいと思ってはいるものの、きっと、わたしはなかなか立ち直れないだろうなぁ。。。
結婚して孫ができて、わたしは父と仲良くなった気がする。
わたしは父と遊んだ記憶がほとんどないのに、孫と楽しそうに遊ぶ父を見ていると、もしかしたら記憶にないだけで、わたしもこうして遊んでもらってたのかなぁ‥って思ったり。
父って、いい人やん!と見直したりも(笑)
今日“暇になっちゃったから~”と、父がやってくる。
改めて言わなきゃ。
長い間働いてくれてありがとうって。