
私がハーモニカで吹くブルースバラードです。皆さん聴いて下さいね。。。。
ブルースバラード SD 480p
昨日、ヘルパーのおばさんが手術後初めて訪問した。私は「手術成功おめでとう御座います」と言ったら喜んで居た見たいだ。そして、今回は彼女に、洋服の整理を頼んだ。前に他のヘルパーの人に洋服を入れるラックを組み立てて貰ったから。その、ラックに服を入れて貰ったのです。だが押し入れから服を出して見ると「あれ?なかったと思ってシャツ購入したら、、4枚もあった!!」と言うことが続出した。そのヘルパーのおばさんからは、「あんたは服趣味で集めて居るから、大体が色々購入しても。一部の服をずぅーと来て居て他の服着ないじゃない?」と言われたので、「いや、何時も同じ種類の服だけども着替えて居るのですよ?」と言った。そうなのだ。私は同じシャツだとか複数枚持って居る。だから、取り替えても何時も同じ服着て居る様にしか見えないのですね。
ただ確かに、色々買い込んでも。今の所、そんなに他の服は着ない。大体が夏は暑い。最近では秋が無い。10月も半ばぐらいに成らないと気温も20度ぐらいには成らないのですよね。勝手、あの日本が誇る映画監督「小津安二郎」が何時も同じ服を着て居るので不思議がった女優が、彼の家に呼ばれて彼がトイレに立った隙に、彼の居間に行って大きな洋服ダンスのクローゼットを開けたら。なんと同じ上着と同じシャツと同じズボンが沢山掛かって居たそうで。吃驚したそうです。まあ、オシャレとは、そうしたモノだと私も思って居る。そして私は今は黒が好きなので。黒い色の服を着込んで居る。今は夏だが黒いYシャツと黒いパンツ。そして黒いロング・ベストだ。この黒いロング・ベストは、冬用のモノと、夏用のモノを持って居る。だから夏は夏用の薄いモノ。冬は冬用の厚いモノと分けて着こなして居ます。大体が私がオシャレになったのは此処3年ぐらいです。
60歳ぐらいの時に思ったんです。「俺も生きても後12年ぐらい。いい事なんざ、何があったんだろう...。此の儘。死ぬのは余りにも惨めだ」と。だから、「もう失った時間は取り戻せないけど。金も無いから贅沢も出来ないけど。せめてお洒落をしよう。私は若く見られる。だから若作りをすればジジイには見られない筈だな・・・・。」だから40代の頃に長髪にして居たのを思い出し。60歳から長髪にまた仕出した。有難い事に頭は禿げては居ない。よくこう言われる。「あなたは歳の割に髪が有るから長髪が出来るんだよ」まあ、素直に認め様。62歳ぐらいになると、禿げる男も居るのですから。だから中年の男から僻まれるし、やっかみを言われる。若者からは好意的に何時も見られて居ます。でも、もう70歳まで、禿げるまでは私は長髪です。禿げたらウイッグを被ります。勿論長髪のね・・・・。
処で知り合いの、或、おばさんに、青木志貴ちゃんの本を見せたら、「この子は顔が綺麗だから相手にされて居るだけだ。ブスだったらこんな子、誰も相手にしないよ!!」と言われた。私は呆れると同時に、こんな事を言われる志貴ちゃんを可哀想にと思った。彼女が何をした。彼女がどれだけの虐めに遭って迫害されて、自分でどうにかして、今の地位を得たのかも、知りもしないでよくも言えた。こう言う醜い心根を中年の女性は持って居る。男性だって同じだ。自分より少しでもカッコイイ男やら。カッコイイ服装をして居ると嫌味を言い出す。心根が腐って居る連中がどれだけ居るか。確かに女性は現実的で男の方がロマンチストだと言われるけど、、私はそう言う事を言われる事を嫌な気になって居る。彼女はフランス人との混血だ。そして美人だ。確かに変わって居るとは思う。何せ己の性自認が「男」なのだ。だから、怒ると口調が男言葉になる。だが私は彼女の本音を解って居るつもりだ。彼女は胸が小さい。そう言った身体的な面で大きな劣等感を持って居る。


彼女は、一時、性転換をしようと専門の医者の門を叩いた。そして、一口に性と言っても色々な種類の性が医学的に存在すると言う事を知ったそうだ。そして医者も闇雲に性転換はしない。色々とカウンセリングを受けたそうだ。其の結果。何処の性転換の専門の医師に会いに行っても。答えは同じだったそうだ、「君は性転換をしないほうがいい」と言われた。彼女は悩んだ。「僕は中途半端なだけなのか?」過去に色が白くて美人だからと、女の子たちから虐められた過去が蘇って来る。彼女はある意味開き直ったのだろう「ならば僕は女でも無く男でも無い其れを超える」と。最近でも、「何で顔面ピアスやらないの?」とか言われて嫌がらせをされて居る。しかしこの子は強い。「開けてもいいんだけどね。僕は舞台俳優だからさ」と軽くいなして居る。彼女のYouTubeでの声優同士の会話を聞いて居ても。彼女が美しいと話に吃る同じ声優の女の子が居ると、若い声優の女の子がその子を「お前、何照れてんだよ〜〜!!」と貶し付ける。しかし志貴ちゃんは動じない。何故なら彼女には夢があるからだ。「声優は歳を取ったらもう出来ない。だから私は裏方に廻ろう。そしてお酒が飲めるバーを経営しよう。」なんか私が見て居ると彼女は無理矢理男になりたいと思って居る節がある。
私は彼女に言いたい。君は立派な女性だよ。美しいし。可愛いし....。前にある人からこう言われた、「性自認が男ならさっさと性転換して男になればいいのにさ!!」人は彼女の苦労を知らない。ハーフで色が透き通るように白い。それだけで日本人の女の子は僻んで嫌がらせをして来る。そんな事で・・・・。そんな事で差別なのだ。彼女は恐らくはそんな事も手伝って自分を男だと言う様になって行ったのだろう。其れに彼女は頭がいい子だ。勉強も出来た。バカではない。私は今、暫し陰ながら彼女の事を応援しようと思う。私では彼女は嫌がるだろうけど。志貴ちゃん、おっと、通称は志貴くんだ。私の半分の歳の志貴くん。頑張れ!!
私は勝手、アラン・ドロンが好きだった。彼は絶世の美男子だった。この記事を読んで居る方で彼の事を知らない人も居るだろう。彼は若い頃は子供の頃に母親に死別されて、子供の施設に送られて居た。そしてその後里親に育てられ、彼は厳格な寄宿学校に幽閉された。彼はそこを飛び出して。それ以後イタリアのシシリー島のマフィアのボスに可愛がれて、使い走りをして大人になり。彼に寄ってくる女の子たちと懇意になり。ある女優が彼をカンヌ映画祭に連れて行った処。映画プロデューサーの目に留まり。そしてフランス映画界の巨匠。ルネ・クレマン監督の映画「太陽がいっぱい」で一躍有名になった。
私はブオトコだ。だから尚更、美男子でカッコイイ彼に憧れた。そして彼の着こなし。トレンチコートの襟を立てる仕草だとかを真似た。彼も、もう86歳になる。彼の経歴を書いて置きます。「仏パリ近郊の町ソーに生まれる。里親に育てられ寄宿学校を転々とする子ども時代を送り、17歳で仏空軍に入隊。除隊後、様々な職を経て、57年の「女が事件にからむ時」でスクリーンデビューする。「恋ひとすじに」(58)で初主演を務め、ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」(60)で一躍世界的なスターになる。以降、ルキノ・ビスコンティ監督の「若者のすべて」(60)や「山猫」(63)、クレマン監督の「生きる歓び」(61)、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「太陽はひとりぼっち」(62)で次々と主演を務め、「地下室のメロディー」(63)では仏スター俳優ジャン・ギャバンと共演。66年の「テキサス」でハリウッドデビューしたが、まもなくフランスに戻り、名作「サムライ」(67)に出演する。
69年にはボディガードが射殺され、殺人容疑をかけられる大スキャンダルが発生したが、後に容疑は晴れた。その後も「パリの灯は遠く」(76)などがヒットし、初監督作「危険なささやき」(81)では製作・主演も兼ねた。「真夜中のミラージュ」(84・日本劇場未公開)ではセザール賞主演男優賞を受賞。98年の「ハーフ・ア・チャンス」を最後に引退宣言をしたが、00年に復帰しTVドラマ「アラン・ドロンの刑事フランク・リーヴァ」(03~04)などに出演する。最初の妻ナタリー・バルテルミー(後のナタリー・ドロン)との間に生まれた息子アントニー・ドロン、2番目の妻との息子のアラン=ファビアン・ドロンも俳優になった。
私は男優は、勿論渋めの人も好きだ。イブ・モンタンだとか。リノ・バンチュラ。ジャン・ギャバンとかの渋めも好きだ。最近ではジャン・レノとかも。最近の男優で好きなのはヒュー・ジャックマン。ウイリアム・ニールセンとかだ。そして日本では福山雅治とか井浦新とか木村拓哉。亀梨達也そしてGACKTだ。古い処では仲代達也。三船敏郎。原田芳雄。石原裕次郎などですね。人は色々言うのですよ。私などでさえ、色々言われて居る。顔を見せて居るのも一つの要因だろうとは思うが。アラン・ドロンは私のフランスでの永遠の兄貴です。
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今回は以上です。。。此処まで読んでくれてありがとう。。。。