ばか親父とプロレスと・・・・・・。 | blues harmonicaのブログ

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ハーモニカが好きで吹いています。全然ヘタですが。
これから日々気が付いた事など書いて行こうと思っています、、
宜しくお願い致します。。。。。

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私が17歳の頃だった。丁度、アニメは松本零士アニメが日本では大流行をして居て。私も御多分に洩れず。劇場で「銀河鉄道999」とか「我が青春のアルカディア」「宇宙戦艦ヤマト」などを観ていた。特に、私はりんたろう監督の手腕が良かった事もあって。「銀河鉄道999」の劇場版は、2作目の「さらば銀河鉄道999」と両方のものを観て居たが。それは私が17歳ぐらいの時だった。それから、2年程して、「銀河鉄道999」と「さらば銀河鉄道999」はテレビの洋画劇場で放映された。私は19歳の時にそれをまだ発売されたばかりのモノラル・ビデオデッキで録画して、ある休日に楽しんで観て居た。そうしたら競馬から帰って来た親父が来て。その様子を見て言った。「お前みたいなバカはいねぇなぁ〜、こんな3歳児が見る漫画を観て面白のか!!」と言われた。私は「ああ、あんたには3歳児が見る漫画に見えるのかい?」と言ったらこう言う「機関車が宇宙を飛ぶなんてのは赤ちゃん向けだろう。てめえは知能指数が最低に低いやろうだな!!」私は言ってやった。「あんたさぁ、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」って小説知らないのか?」「何?銀河鉄道だと!!そんな幼稚なものは知られえぞ!!」だからもう私は話をしても、このバカな父親には何も解るまいと思って黙って見て居た。
 
 
当時ビデオデッキは応接間にあり。応接間には16型のブラウン管のカラーテレビが置いてあって。それに繋げて見て居たからだ。だからバカ親父は私を見てバカに仕出したのだ。私は構わず見て居た。するとバカ親父はとことん私をバカに仕出して。ソファーに腰を掛けると競馬新聞を広げて、見ながらチラチラ。テレビのアニメ映像を見出した。そして主人公の少年が母親の仇(人間狩りで彼の母親は機械伯爵によって殺されて居る)を「戦士の銃」と言う銃で敵の機械伯爵の頭を撃ち抜いたら。彼の奥さんであるリューズと言う時間を操れる魔女の女性が。「これでよかったのよ。さあ、もうこの城は崩れ落ちるわ。早くお逃げないさい。」と言って洋服を脱いで下着になり伯爵の遺骸に掛けてやっている場面を見たら。「おい、これさっきの漫画か?」と言い出した。 私は「だから言ったろう宮澤賢治を知らないのかって?彼のコンセプトをベースにしてSFアニメ映画にして居るんだよ。」そう言うと、何がなんだか解らない顔をして見ている。しかし言うのだ「だって機関車が宇宙になど飛んで行くなんて言うのは幼稚だろ!!」だから私は宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」の話を短めにした。すると「そんな話を宮澤賢治は作って居たのか?」と言って。吃驚して居る。最後、主人公の哲郎と彼を銀河鉄道に誘った謎の美女メーテルが別れるシーンになって、哲郎が(主人公の少年)がメーテルの名を叫けびながら、機関車を追いかけて行き。分岐点まで行って止まった処で「銀河鉄道999」は空へと消えて行って城達也のナレーションで「そして少年は大人になった」と言う所まで見たら。「これ続きもあるのか?」と聞いて来たので「あるよ、2作目が、、」と言ったら黙って自分の寝室へと入って行った。
 
親父については言いたい事だらけだ。あの人は物事を何も知りはしなかった。大映に1960年代の中頃に作った「大魔神」と言う特撮映画がある。悪代官たちを美しい女性が「自分の命と引き換えに成敗して下さい」と神に祈ると。大魔人が現れて悪代官たちを皆殺しにすると言う映画だ。この映画は全部で3部作であり。悪い城主に虐げられている貧しい人たちの祈り(大抵は17歳ぐらいの少女)。を聞くと、体長30メートルぐらいの物凄く怖い顔をした大魔神が現れて。城主を殺して人々を助けて、消えて居なくなると言う話です。この映画は私が7歳から10歳ぐらいにかけて劇場で父親に連れられて見たが。大映の当時の特撮の粋を集めて作られた映画で。今、、観ても見られる映画です。音楽はあの伊福部昭が担当し荘厳な音楽を聞かせてくれて居た。処がこの映画を見た後も、あの親父はバカな事を真面目な顔をして言って居た。あるテレビ番組のクイズ番組での事だ。「おい、〇〇!!あの人を見てみろ!!あの人の顔が魔神の顔だぞ!!きっとそうだ、大魔神はあの顔だぞ!!あの男が魔神なんだ!!」と言うのだ。
 
 
 
『大魔神(Daimajin)三部作』 怒り!、何処ともなく去っていくシーン集

 

 

 
 
幾ら小学校低学年生でも大魔神の顔は作り物の仮面の顔だと解っている。私は「お父さん何言ってるの?あの大魔神の顔は作り物でしょう?」そう言っても「いや間違いない。あの男が扮装したんだ」と丸バカな事しか言えない。そして晩年になってから親父にジョルジュ・ロートネルのサスペンス・ノワール。『フランス原題の「寄生虫の死」/ 日本題名「チェイサー」』と言う。アランドロン主演のフランス映画を見せて居て。最後になって親父の部屋に入って行ったら。正義感が強すぎて返って殺人を起こしている警部をドロン扮する実業家が接触し。会話をテープに録音して最後に彼に「それでは自分の罪を聞きたまえ」と言って駅構内で。スピーカーから録音してある音声を公開して流したら。その警部はドロンに向かって「おい、悪党を逃すのか!!」と自分が憎んでいる人間の事をそう言っているのに。あの親父は「おい、あいつは、まだ自分が悪いのに悪く無いと言い訳しているぞ!」と言うのですよね。私は、この人は相当にバカかと思って自分の父親ながら呆れて聞いて居た。
 
 
イケメン!!アランドロンのテレビCM集です。観て見て下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
処で此の間、チャイムが鳴るので出て見たら。互助会の女性だったのだが。アンケートに答えるだけですと言うから、仕方が無いので書いたが。電話番号とメールアドレスを書いてくれと言うのだ。だから署名だけはするけど他は書かないと言って書かなかったら。2日後に「ふりかけ持って来た」と言って帰らないので言いたくは無かったが。「私は障害を持って居るので葬式関係は全てケア・マネージャーが取り仕切ってやってくれるので、お断りして居るのですよ。」と言ったら、要約、帰って行った。そしたら、次の日。またチャイムが鳴って出て見たら「天理教」だと言うので一度開けた扉を何も言わずに閉めた。もうチャイムが鳴っても宅配弁当も出ない様に仕様と思うし。訪問看護師以外は出ない事にした。隣のおばあちゃんなんて。新聞配達員に丸め込まれて新聞を取らされて居た。私の所には来なかったが、、お年寄りは騙され易いものだ。まあ、相手もコロナで不況だから必死なのは解るが。一々付き合っては居られ無い。可愛そうだけどもね。その女性は歳は52歳で化粧もして居なくて。髪もザンバラで後ろに縛って居たし。「私は結婚して居ないから」と話の都合で言ったら、「私もして居ません」と言うし。「この人苦労してるな.....。」とは思ったが・・・。前には可愛い子が来て「空気清浄機を買ってくれませんか?」と言って来るし。断ったら「ヨーグルトの販売もして居てそっちはどうですか?」と聞いて来る。「この子。かわいそうにな、、」とは思ったが。「俺は金無いんだよ。ごめんね...。」と言ったら帰って行ったし。一々出るから。そうなるのだから。もう出ない事にする。さて今回はまた愚痴を言って仕舞った。最後に「銀河鉄道999」の映像を載せて置きます。懐かしいでしょう?まあ、見て下さいね。お歳を召した方も曲と歌がいいと思いますよ。
 

青木志貴さん

 
 
 
 
 

 

 声優の鞄の中身はなんじゃろな?

 

 

スキンケア用品を紹介!

 

 

 

 

〜〜『孤独と人生』〜〜

 

 

 

 

孤独と人生 新装復刊 / ショーペンハウアー (ショーペンハウエル) 金森誠也訳

 

 

私の指針として居る哲学書がある。ショーペン・ハウアーの「孤独と人生」です。この哲学書は今から20年前に、当時通って居た立川のクリニックの帰りに、立川の駅前のデパートの中にあった。オリオン書房で偶然見つけた。私は親しくさせて貰って居る。皆さん程の哲学の知識量は無いし。また、哲学者の様に自分で哲学を消化して、会話の中で哲学的論考で話をする事も出来ない。しかし、私は哲学に虚身を言い表せられ、興味を強く惹かれる。此の本は人生立ち止まって考えたい時になど良く読み返して居る。此の本の内容とは短く説明すると人間の財産は1.広い意味での人格。2.人の所有するもの。3.名誉・地位・名声。に区分される。人の幸福にとって最も本質的なものは己自身に備わって居るもの、即ち第1項目である。これを前提に二章-四章までで各々の財産について述べて居る。そして、五章からは人生において心得ておく事をリスト形式で説いてくれて居る。

 

若者向けに書かれたと言う事で、度々愚かな大人の例が反面教師的に書かれて居る。やや言葉がキツいが本質を突き、厳しい言葉で思想がダイレクトに伝わって来る。箴言として幾つも線を引いた。ショーペンハウアーの描く幸福論なのです。日常の中で明朗に生きていく為に注意し意識していくべき事が事細かに書いてあるのだ。この世の本質は苦であり、苦の殆どは他者から、または自分の準備不足、意識不足から持たらされる。他者を遠ざける非常に厭世的な思想です。幾らか選民的、愚民的思想でもあると思います。価値が在ると思っていた全てのモノから解脱する事は私には不可能ですが、価値は自分の中だけにあり、家や車等物に拘らない事、他人に期待し過ぎない事等を頭の隅にそっと置いておくのも悪くないと思いました...。

 

ショーペン・ハウアーは此の著書の中で、人生の苦痛は他者との関わりから生じ、それを出来るだけ避ける事が幸福の秘訣であると述べて居る。幸福である為にはまず健康である事、生活に困らない程度のお金がある事、そして孤独である事を挙げて居る。財産や名声・地位に固執するのではなく、生まれ持った個人的特質(人格)に沿った幸せを追求する事が幸福への道であると説く。なかでも動物的楽しみや快楽ではなく、精神的な楽しみを追求するのが最上であり、そのため天才たちはその追求のために孤独を好む。一方、凡人は孤独に耐え己の人格すべてを没入させる事は出来ないので、人格と精神力に応じた努力が大事である。己を知り、精神力や感受性を育むことの重要性を再認識させる内容だった。不思議と他者を遠ざける非常に厭世的な思想ではあるが、私には妙にフィットした。

 

 

 

 

 

 

私の18歳当時のバンドでの演奏です。ハーモニカが私です。ムードブルースです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の昼食。

 

今日の昼食。また、すき屋のカルビ焼き定食です。サラダが沢山食べられるのでいいですよね。これで640円ですからね。ああ、今回おしんこは別注文なので60円上乗せして700円ですね。安いですよね。今まですき家には入った事が無かったけど、、最近はよく食べに行きますよ。今回で2回目かな。まだ其の位ですけどね・・・・。そう言えば、此間来た。訪問看護師の女の子が吉野家でバイトして居たと言ってたっけな。あるヘルパーの女の子は。アパレル業界に居たと言って居たしね。私も日本出版と伊勢丹で働いて居たしね。ただ、アパレル業界と、ファスト・フード店はまだいいけど。出版社関連はどこも軒並み駄目ですよね。もう数年も前になりますけど出版書籍の問屋の中継ぎ店が潰れて居ますからね。書店経営でも最近では難しいけど。立ち行か無くなった大手の間の隙を駆け巡って、展開して居る個人書店が。最近はユニークな書籍を揃えて居たりして。元気がいいですね。売り上げも伸ばして居るしね。要はやり様なんでしょうね。私が住んで居る街には食べ物屋が可成り沢山あるので、此れから入って行って見ようと思って居ますよ。今日は美味しかったです......。
 
 
 
 

 

ー『物事は半分も叶えば上出来だ』ー

 

私は、怒りたい事が此処の処、目白押しだった。しかし私はある考えを持って居るので怒らずに済んだ。その考えとは、物事は自分の思って居る事の半分も叶えば上等だと言う事だ。この考え方は、中学位から持って居る。私は中学の頃、体育の教師に因縁を付けられて居た。私の髪が長い事からだ。また、美術の先生は私の描いた絵を評価せずに盗作だと決めつけた。私は勿論、頭に来た。しかし相手は教師だ。どうにもならない。だから私は諦めた。どうにも成らない事をくよくよ考えても仕方が無いからだ。例えば、中学の体育の教師は剣道の時間に成ると、私を試合で自分と組ませて思いっきり叩いて嫌がらせをした。酷い時は喉に突きを入れた。反則もいい加減にしろと言いたかったが、私は痛みに耐えた。母はそんな私を知ってか、その教師にスーツを挙げたのだが、その体育の教師は自分の憂さが私で晴らせるとばかりに、その後も同じだった。

その体育の教師は学校でも札付きの悪い教師だと評判だった。そしてバカだった。体育の教師なんて成るものはバカと相場は決まって居る。美術の教師も若い女の先生だったが、教え子である私を何とライバル視した。私が絵が上手く描けると、私に「あんた、何の絵を模写したのよ。美大を出た私にだってこんなに上手くは描けないわよ!?」と言う。私は「先生がそう思うのなら。それでいいじゃないですか......。」と言った。その教師は年齢が25歳ぐらいだった。私は思った。「成績なんて取れなくてもいいや。」そしてその教師は私の絵の事を教員会議に掛けた。「あの生徒は授業を無視して課題の絵を絵画から模写して居る」と。しかしその教師以外の先生たちは真っ当な評価を下した。そして結果的に私の絵は5段回評価で最高の5が貰えた。しかしその教師は私の絵は返さなかった。そして、私が作ったペーパーナイフを「私が特別に貰ってやるわよ!!」と言ってこれも返さなかった。

 

 Cream - World of Pain

 

 

電気工事人を頼んだ。その工事人に単2電池を2個持って来てくれと言ったら、何と4千円を要求された。普通の人なら怒る処だろうが、私は金を言われた通り払った。その工事人は二人で来た。30代の人と20代のバカだ。金を吹っかけたのは若い方だ。なぜ電気工事人を頼んだのかと言うと、洗濯機の設置などが自分で出来無いからだ。その若い方は何かと私に突っ掛かって言った。「この洗濯機は壊れて居る」とか蛇口が変だとか、ホースを蛇口に付け様としてパッキンの中の支えが無くなって居ると言う。そして「こんなんじゃ付けられないねぇ〜〜」と言う。すると脇に居た年配の30代の工事人が言った。「近所に電気屋があるからそこから買って来ますよ」そして買って来てくれた。そして若い方が渋々付けた。この若い方の工事人には後、テレビのポートが映らないので見て貰ったのだが。テレビのポートが故障だと言って直しもしない。すべて作業が終わって費用は何と1万7千円も取られた、結局洗濯機にホースを付けただけでだ。悪徳業者だったのだ。私は諦めた、自分で今は何でも出来無いと高額を言われるのだと勉強になったと思う事にした。

普通の人は此処で怒るだろうね。そしてその工事人に喰って掛かって「金は高額すぎる払わない!!」と言うかも知れない。しかしそれもね、、仕方が無いのだ。私は全額を払った。必要経費だと思う事にした。お金は私は持ち金で暮らして居るのですが。障害があって働けないから。でもね、その金を払って食費を詰めて凌ぎました。歯科で数百円のお金が無くて、1万円で払った。すると受付は、9千円は渡すのだが、何故か間を開けて先生と話をして、お釣り数百円を渡さなかった。そして、こう言うのだ「あなた、他の歯医者じゃ、あなたの歯は治せないから。此れからも私の所に来なさい。」私は「金をネコババして於いてよく言う.....。」と思った。そして私は諦めて思った。この歯医者には2度と来まいと。それから、薬剤処に行ってお金を払って、お釣りを待って居る間に誤って財布を落とし金をばらまいて仕舞った。するとお釣りを持って来た中年の職員が「あんた!外でばら撒いたら、お金は戻って来ないわよ!!」と言って拾ってくれたのはいいが、持って来たお釣りは返さなかった。私は「お釣りを貰って居ませんよ....。」と言い張ったが、その職員は「此の金は、あんたから貰った薬代だ!」と言って寄越さなかった。

2千円だ。私は此処は随分とずるいし。職員は悪党だと思ったがそれも仕方が無いと思った。私は諦めて居る。物事は半分も叶えばいいと思って居るからだ。前に借りたアパマンの不動産屋もそうだった、手数料が5万4千円で6万円を渡してお釣り6千円の処を、4千円しか返さなかった。是等の場合は私が障害者だと知って居る上でワザとやられた事だ。「けっ!どうせ、障害者だ。カモにしてやれ!!」と言う事だ。そして其れ等の事を他人に言うと他人は私をバカにして薄ら笑いをして「ハハハハ」と笑うだけだ。カモにされる方が悪いと思って居る。私はあの世はあると思う。そう言った事をして居る人間はあの世で神に何と言い訳をするのだろうか...。そしてそう言った事をする人間は、私以外の人にも同じ事をするだろう、その時に相手はどうでるか、、見ものです。私の様に大人しくはないぞ。ぶん殴られるか。最悪の場合殺される事もあるだろう。

 

God (Remastered 2010)

 

 

〜〜男の世界〜〜

 

私は厭世的な生き方をして居ると自分の事をそう思う。大体が、スポーツは嫌いだ。野球もサッカーもラグビーも駅伝も見ない。だから選手たちの名が解らないし。解って居る名でも選手の顔が解らない。私は子供の頃は野球に興味があった。親に少年野球チームに入りたいから、ユニフォームを買ってくれと言ったが、買っては貰えなかった。私は父親に野球のミットとボールを買ってくれとねだった。親父は暫くすると、ミット2つと野球ボール1つを買って来た。そして家の前の道路でキャッチボールを朝早く起きて始めたが、暫くして近所に住んでいた同級生の女の子が、「なんだヨォ!〇〇が野球なんかするのかよ〜!!」と言って通って行ったら。親父はそれ以来起きて来なくなった。私が扁桃腺の手術をして小学校を半年休んで、勉強が丸で解らなくなって、親父の処に行って勉強を教えてくれと言っても、朝早く勉強をする事になったが、3日坊主と言うのならまだ分かるが。1日で起きて来なくなった。私はどうせ誰も助けてはくれないんだと思う様になって行った。そんな私が好きなスポーツがあった。プロレスだ。私は小学校の頃、1960年代後半から1970年代に掛けて格闘技がブームとなっており。その煽りを受けて、アントニオ猪木が好きだった。彼は日本プロレスの力道山にブラジルで、日系の移民として暮らして居た処を見出されて、凱旋帰国をして、プロレスラーになった。彼の同期には巨人軍の野球選手だった馬場が居た。此の二人を力道山は実験台とした。まず、猪木にはもの凄くきつく辛く当たった。そしてもう一方の馬場には優しく優遇して扱った。猪木は馬場をライバル視して、過激なプロレスをする様になった。一方の馬場はボンボン育ちのレスラーへとなって行った。

 

 

アントニオ猪木 「道」 伝説の名言 

 

 

しかしある時に日本プロレスの崩壊事件が起こって仕舞った。力道山がヤクザにドスで刺されて死んで仕舞ったのだった。二人は力道山の死んだ穴を埋めるが如くに試合をこなして会社に大儲けを持たらした。しかし会社の幹部連はその彼らの血と汗で稼いだ金を持っては毎晩。キャバレーで豪遊して1日で100万円も使って仕舞って居た。猪木はそんな経営幹部が許せなくなり、密かにアメリカ帰りのレスラーたちと東京プロレスという団体を旗揚げしようとした。しかし此の事は事前に漏れて居たのだ。猪木が「どうしてだ?」と思って居たら、一緒に東京プロレスで旗揚げしようと言って居た馬場が日本プロレスの経営サイドに金で買収されて、裏切って居たのだった。猪木はそれ以来馬場を憎んだ。憎んで、憎んで、憎み通した。結果、猪木はプロレス界を追放処分となったが猪木は東京プロレスを旗揚げした。そして、馬場は一人で日本プロレスを背負うエースとなった。その後。紆余曲折あって、猪木は東京プロレスを解散し、新しくテレビ朝日のテレビ放映権を貰って新日本プロレスを立ち上げた。馬場はダメになった日本プロレスに見切りをつけて全日本プロレスを日本テレビ放映権を貰って旗揚げして。以来、此の2つの団体は敵対する様になって行った。ああ、それともうひと団体、ラッシャー木村とストロング小林が、TBSの放映権を貰って発足させた。国際プロレスと言う団体もあった。私はこう言う経緯を踏まえてプロレスは1990年代まで見て居た。

 

 

いつも一緒に

 

 

 

 

1980年代に新日本プロレスで猪木の弟子である藤波辰巳と長州力の因縁抗争が勃発し、二人の対戦カードが組まれる様になった。それまでジュニア・ヘビー級のベルトを敵地のマジソンスクエア・ガーデンに乗り込み、見事アメリカのwwfのチャンピオンをドラゴン・スープレックスという大技で失神させてベルトを勝ち取り凱旋帰国した、藤波に、雑草だった元オリンピック選手で鳴らした長州力が噛み付いたのだ。「俺は藤波の噛ませ犬じゃない!」と宣言した長州は維新軍団を組織して正規軍である藤波、猪木に刃を向けたのであった。新日本プロレスは組織を2分する危機的状態へと陥って行った。しかし猪木は此の申し受けを堂々と受け入れて藤波と長州との試合を組んだ、恐らくは猪木は自分の波乱万丈の人生に長州と藤波を重ね合わせたのだろう。二人の試合は壮絶なものとなって行った。初めは試合にならなかった。長州と藤波は試合では無く喧嘩だった。二人してぶん殴りあって居た。そんな状況を見て居た世の中の人は次第に此の二人の試合を注目しだして、社会現象とも言えるプロレス・ブームが1980年代に巻き起こった、テレビの視聴率は65%を超えた。前代未聞だった。

 

 

【プロレス】飛龍革命 クリアー版

 

 

 

 

私は長州は好きに慣れなかったので藤波を応援して見て居た。或る日。従兄弟が私をバカにして言った。「プロレスなんて八百長を見て居るのか、貴様はバカか!!見るのやめたらどうだ〜〜〜!」従兄弟に聞いた「長州って知って居る。」すると「そんな奴は知らない。プロレスは見て居ない」と言う。何も事情が解って居ないで人を非難して居るのだ。「やめたらどうだ〜〜〜」とはよく言えたものだ。従兄弟はゴルフの会員権を二つも持って居た。そして言う。「ゴルフぐらい出来無いと男じゃないねぇ!!」私は金も無いのにゴルフに興じて自分を一流だと思って居るバカを見て居て。つくづく、こんなバカは居ないと思って居た。話はプロレスだ。長州との因縁試合で藤波は足の骨を折って仕舞った。しかし彼は試合に出る為に麻酔を足に局部注射して戦った。見て居て、試合も冒頭5分ぐらいから麻酔が切れて、藤波は苦痛の顔を浮かべて戦った、麻酔は5分しか持たなかったのだ。そして長州に敗れてべルトは奪われて仕舞った。私は此の二人の抗争を見て居て、これを組織としての規律を曲げてまで許した猪木と、反逆した長州。受けて立った藤波。皆、素晴らしいと思って見て居たのだった。世間は男のドラマに酔いしれて居た。

 

 

長州力・藤波辰爾 マイクパフォーマンス 

 

 

 

私はブルースが好きだ、虐げられて来た黒人の魂の咆哮。そして辛い現実をブルースと言う音楽にして、人生の語りべとして歌って居る、ブルース・ミュージシャンたち。私は男だ。だから、男らしいものに憧れるし。そう言った人生を送って居る男を見ると応援をしたくなるし、尊敬もするのです。最近、ビジュアル系ではあるが、ガクトとローランドと言う二人の男たちを応援して居る。彼らの全身はホストだった。確かに容姿端麗だ。私は原田芳雄さんを手本として来たが。此の若い二人も負けない位いい奴らだと思って居る。ガクトは若い頃、精神病院に隔離されて居た過去があるし。原田芳雄さんも精神疾患を若い頃に患って居て、役者になってからも失語症などに悩まされて居た過去があった。でも男らしく生きて居た。もう一人役者では此の名は知らない人も居るかと思うが「栗塚 旭」と言う俳優が居る。彼が演じた「土方歳三」は絶品だ。あと私は芳雄さんと並んで影響を受けた。ブルースハーピストの日本が世界に誇る。ウイーピングハープ・セノウ事。妹尾隆一郎さんが心の支えとなって居ます。私は以上の様な人たちから色々と学んで来たのだ....。最近では声優で舞台俳優の青木志貴ちゃんなども好きだ。まあ、彼女は女性だけどね。美人だし可愛い。しかし、頭がいい子ですよ。

 

 

 

#4【本邦初公開】GACKTのセクシーな寝起き、お風呂、着替え、ライブ密着全て撮りました!LIVE DAY ROUTINE!! 

 

 

GACKTのプライベートなマレーシアライフ&手料理披露 !!/キリンのどごしPR映像2 

 

 

妹尾隆一郎ブルースを語る 2015_1_7

 

 

 

Weeping Harp Senoh 最後のライブ

 

 

 

待ち呆けのブルース - 原田芳雄

 

 

私が数年前に、訪問看護師に「俺は孤独死だな....。」と言ったら即座に「なら財産を何故処分しないの?」と言われた。私は苦笑しながら言った「今、まだ生きてるんだから、処分は出来ないでしょ・・・。」誰も同情などはしない。そして私はあと生きても10数年だろう。さて、あと7ヶ月後には持ち金が切れる。もしその時に生活保護が受けられなかったら死ぬしか無い。私は働けないからだ・・・。死ぬのは怖くは無い。昨年も鬱が出て包丁を喉に当てて刺そうとした。しかしその時に。ある本が目に入った。私はその本は読んで無かったから、こんな時にとは思ったが不思議と興味が湧いてしまった。読んで見たら。その著者も成功する前は酷い境遇で、、困難な生活をして居た事が書いてあった。私は涙が出て来た。その人は誰かは此処では言うまい。人には様々な事情がある。誰一人として楽な人生を歩んで居る人など居ない。

その著者の手記を読んで私は自殺を諦めた。まだ私よりも若い人だ。しかし。そうなのですよね。人からどう思われようとも。自分さえあれば、「命さえあればやり直しは効く」その人の言葉だ。私は救われた思いだった。私は今思って居る。もし本に目が行かなかったら私は喉に包丁を刺して死んで居ただろう。神様が甘えるなと叱責してくれたのだろうと思う。私は今月でアパートの契約が切れる。もう此処に引っ越して来てから、あと1ヵ月で2年になるのだ。さてと保証人会社は通るのだろうか?2年前は金があったから通ったが、今は持ち金は少ない。そしてそれがクリア出来たら今度は生活保護の受給だ。役所は申告書をくれるだろうか?。そして私に生活保護を認めてくれるだろうか?。確かに私は甘い考えをして居るかとも思う。でもそれが私なのです。私は争いを好まないし(余程の事が無い限り)地位も名誉も要らない。

人によってはこう言う女性も身近に居る。彼女は大金持ちだが。旦那に暴力を振るわれて居る。そしてその旦那は何時も他人と喧嘩を起こし。その度にその奥さんが謝りに行く。その女性に聞いた事がある。「何故離婚しないの?」と。するとその人はこう言った。「だって、今の生活が裕福だから、、」私は弁護士を立てて1日も早く離婚をして慰謝料を請求し。残りの人生を謳歌した方がいいのにねぇ・・・。と思うのだが。生活の程度は下がっても自由の方が大切なはずだろうにね。はっきり言って私も彼女の旦那とは会った事があるが、坊ちゃん坊ちゃんとはして居るが。なんか沸切らない男で。自分の主張しかしない人だった。そう言う男は、自分が悪い事に気がついては居ないのだから。何時か解ってくれると思って居ても、性格は治らないものです。

その男が死な無い限り。ある意味病気です。私はその女性も哀れんで居る。人生金が全てでは無い。いい暮らしが全てでもない。本当に愛する人が居てくれて。ある程度の事が出来れば、それで良しと思わなければね。現にその女性は性格がキツくなり。誰にでも喧嘩を吹っかける様になり友達は全員離れて行った。今は、旦那とは毎日の様に喧嘩をしながら生きて居る。私は忠告はした。しかしそれ以上の事は出来無い。彼女も友人だからと言っても。私が困って居るのは知って居るが、何も言わ無いし。文字通り何もし無い。返って私に怒鳴って電話が掛かって来るぐらいだ。完全に精神を病んでしまって居る。しかし誰も彼女を助け無い。実の娘も居たが。彼女は娘が結婚したらその旦那も気に喰わないと言うのだ。

その娘は私にこう言った。「ねえ、お母さんとメールしてよ!」だからそれは君の役目だろうと言ったらその娘は「何で私が、あんな人の面倒を見なくてはなら無いのよ!?」その話を聞いて居た認知症になり掛けだった母がこう言った。「あなたねぇ、自分の母親でしょう。子供が親の面倒見るのは当たり前でしょうに....。」するとその娘は「ああ、嫌だ嫌だ。あんな人の面倒なんか、なんで私が見なければなら無いの!!」私は母に電話を切りなと言って切らせた。それ以来。その家族からは一言も何も言っては来ない。その人の娘は母親も父親も捨てたのだ。二人の親は毎日喧嘩で怒声罵声を浴びせあって暮らして居ると言う。金があると人は不幸になるんですよね。程々がいいと思いますよ。私見たいに何も無いのは困りますが・・・。