これはY県在住の友人から直接聞いた
「現代の村八分」の話だ。
彼の市内でコロナ感染者が発生した。
県の公式発表は市の名と人数と検査結果日、そして
その前後の感染者の行動を簡単に記すだけだが、
狭いところ、人の少ないところだから故か、
個人の特定が簡単になされたらしい。
いなかモンの集まりだから、と言ってしまえばそれまでだが、
問題はその後だ・・・
感染者=悪・犯人 という図式がご近所の
統一見解になったらしいのだ。
もちろん、感染が判明する以前の個人の行動が
どうだったのか、その時点で加害者だったのか
被害者だったのか、それは本人以外に分からない。
しかし、まわりにはそんなコトは関係ないのだ。
「感染した」人が「近くにいた」それだけで
攻撃するには完ぺきな材料だったのだろう。
貼り紙をされる、家に石を投げられる、
攻撃的な電話がかかってくる。
「人違いです!」と言えない土地環境が悲しい。
犯人扱いの家族は同じく犯人と見なされるのだ。
結果・・・
この家族は市外に引っ越しすることを決断したという。
差別と排除である。
こういうことを聞くと、日本人は何百年も変わってないな
と思わざるを得ない。
死語になったはずの「島国根性」が「田舎根性」として
息衝いていたのだと実感させられる。
(自分さえよければいい・・・)
確かにそれは人間の 本性 ではあるけれど・・・