私のことでは もちろん ありません。
先週、パートながら和菓子屋で16年頑張ってきたカミさんがついに退職した。
例の ヒト・モノ・カネ でいえば、原因は100%カネであります。
給料が2ケ月遅れとなり、さらに「分割払い」が当たり前のようになったところで
堪忍袋が切れ、ついに見切りをつけたものです。
16年間可愛がってくれたマネージャ(現在は68歳)のフォローにも疲れ、
入れ替わり立ち代わりのアルバイト女子の教育指導にも疲れ、
何よりも「犬の世話」&「孫の世話」が重なってのギブアップだったようだ。
今夜は「送別会」に出かけている。
仲間のおばはん達とは仲良くやっていたのでそれも続けられた要因ではあるが。
さて、16年勤続。もちろん私には未体験ゾーンであり、今後もあり得ないだろう。
というか年齢的にあり得ないな。
カミさんのこの16年の間に私はどうしていたのか?と記憶を辿ってみると・・・
16年前は、一人でやっていたデザイン事務所をたたんで「エアコン工事会社」に入った時だ。
バブルの尻尾に掴まっていたのも限界が来て失業、そこで「助け舟」として彼女が働き出した。
エアコンは3年経って会社がなくなり失業。
ハローワークで60歳まで応募OKという「デザイン制作会社」へ入る。
そこで3年経って学友の起業に誘われて「ネットのベンチャー」へ。
しかし2年経ってリストラにあう。友情もここまで。高給もここまで。
親友の兄貴の出資でヤツと一緒に「お好み焼・もんじゃ」を開店。
そこで2年経って赤字に業を煮やした兄貴が怒りの閉店。ヤツは入院となる。
ここでもうすでに10年という時間が過ぎているがカミさんは変わらずに和菓子を売っていたのだ。
放り出された私は初めて求職における「年齢」という壁にぶち当たった。
3ケ月間、42通の履歴書を送り、最後の面接で今の社長に拾われた。
ネット時代の半給という「ていたらく」のオハチで、カミさんはさらにムチを入れて働いた。
そして6年。
亭主のていたらくは一向に改善されないが、彼女もトシになって疲れがとれなくなった。
千葉の一人暮らしの母親のこともあり、犬や孫のこともあり、
時間に追われて、隙間を作って、それらに対処することがきつくなってきたのだ。
(まことに もうしわけない)と思ってはいるが、
ごくろうさまでした! としかかける言葉はない。
オトコが手助けできることなんて「ほんの一部」でしかないのだ。
おまけに、やってみても「もう~中途半端なんだから~」と逆なですることになるのがおちだ。
16年・・・生まれた孫が高校生になっているほどの時間だ。
私が勤続(?)といえるのは、小学校+中学+高校+大学=16年、
つまり「学生」だった時代が唯一の経験である。
それにしても22歳で終わっている、なんとも情けないことだ。
カミさんの忍耐力・・・これは私の ていたらく の産物かも知れないか~??